No.6
□知らないふり
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『それでね、今日イヌカシが…。』
さも楽しげに話す紫苑を一瞥する。
「ふぅん?」
さっきからこんな状態だ。紫苑が話して、おれは聞いてるだけ。
『ネズミ、聞いてる?』
「…あぁ。」
生返事ばかり繰り返すおれに痺れを切らしたのか、急に紫苑が立ち上がった。
ガタン
椅子が大きな音をたてて後ろに倒れた。
『ごめん…シャワー浴びてくるね。』
何に対しての謝罪なのか。答えに行き着かないまま、風呂場から水流音が聞こえてきた。
「はぁ…なんだって。」
こんな悩まされなきゃいけないんだ。1人の時は微塵も感じなかった。
紫苑が「誰か」の「知らない話」を口にする度に苛々してる自分がいることに反吐が出る。
『ネズミ…。』
いつの間にか背後にいた紫苑に呼ばれ、現実に引き戻される。
「…話はあとだ。先にシャワー入る。」
『あっ…。』
有無を言わせぬ勢いで風呂場に向かう。
一瞬、悲しげな顔が見えた気がした。
「はぁ…。」
溜め息の音を打ち消すようにシャワーの勢いを強くする。
鏡に映る奴の顔は酷く幼かった。
まるで、すねる子供のように唇を噛みしめて。
END