特殊警吏隊士 海宝紫

□肆
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 伊師(いじ)市は宝生(ほうじょう)から見て北東にある市だ。
 山が多く、登山家ががよくやってくる。
 土師の運転する車の中で、後部座席でめんどくさげに足を組んでいた火群は不平を漏らした。
「ったくよ、なんで俺がこんなところまで来なくちゃなんねェんだ」
「任務だからだよ。あんたはさっきから口を開けば、めんどくさいだのかったるいだの文句ばっかりだね」
 助手席に座る滋生がシート越しに振り返って半眼になる。
 火群は後頭部で腕を交差させ、背もたれに寄りかかった。
「クソ眠ィ。着くまで俺ァ寝るぜ」
「ワガママだねぇ。…ははーん、あんたもしかして、初任務だからって緊張してるんじゃないかい?」
 滋生が意地の悪い笑みを浮かべると、火群はカッと目を開いて滋生に詰め寄る。
「んなわけねェだろ! 誰が緊張なんざするか!!」
「図星かい。やっぱりまだまだガキだねぇ」
「違ェっつってんだろ天狗女!」
「あのさぁ、景朗。前から言おうと思ってたけどね、あたいを天狗女って呼ぶのはやめてくれないかい?
 あたいにゃ『織(はとり)』って立派な名前があるんだ」
 びしっと人差し指を火群の鼻先に突きつける滋生。
 火群は一瞬たじろいだが、フンと鼻で笑い、体勢を戻した。
「ケッ。変な名前しやがって」
「なんだって? 『織』ってのはね、天上の機織姫のような才色兼備の女になるようにってババさまがつけてくれたんだよ!」
「さいしょくけんびだぁ? ンだ、そりゃ」
「そんなことも知らないのかい? 才色兼備っていうのはね、優れた才能と美貌を併せ持っているってことだよ」
「ハッ。テメェみたいながさつ女が、さいしょくけんびなんてなれるわきゃねェだろ」
 小馬鹿にするように笑う火群。むかっとした滋生は背もたれから身を乗り出した。
「なんだい、初任務で緊張してぷるぷる震えてる奴に言われたくないね!」
「ンだと!? 誰が震えてるってんだ、ああ!?」
 ぎゃおぎゃおと怒鳴り合う二人の横で運転している土師は、「静かにしててくれないか、二人とも……」とげんなりした。


 かくして、火群たちは現場の宇賀尾山(うがおさん)に到着した。
 三人は犯人と思われる恠妖(あやし)たちに警戒されないよう、登山者に扮して山に入ることにした。
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