唐草模様の本

□君で埋め尽くされてしまった
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眠れない夜

髪をなぞる掌
羊を数える声
顔に落ちる影
すぐ傍にある体温

目を閉じれば直ぐに浮かぶのに
貴方が占めていた心には
今日も夜風が吹き抜けます



君で埋め尽くされてしまった



四月と云えど、まだ夜は寒い。
布団にくるまり身を縮めていても、隙間から風は吹く。
未だに慣れない一人。
喪失感と共に過ごす夜も、もう数えきれなくなった。


あの人の髪が時折、夜風に靡(なび)いて顔に触れた。
真っ直ぐで綺麗でサラサラな髪。
そっと指で触れると、月光を反射しキラキラ輝く。
まるで硝子細工のよう。
じっと見ていると、あの人は笑って云った。
(私は田村の髪が好きだ。
 柔らかくて温かくて、ずっと触れていたい。)
あの人の瞳はどこか遠く、淋しさが沸き上がった。
そんな淋しさを振り払うように、私はあの人の胸へと自分の身をすり寄せた。

(眠いか?)
優しい囁きに、私は眠いフリをする。
少しでもあの人の傍を離れたくなくて。
あの人はそんな私を優しく抱き締める。
(羊でも数えてやろう)
子どもをあやすように行われるソレは、私を夢へと誘う魔法。
あの人の声は甘い誘惑で、私はいつも堪らなくなる。
そんなあの人は、いつも背中に月を背負っていた。
朝には太陽。
私が眩しくないように。
いつも、いつも。
眠るときも起きる時も、あの人の瞳には私が映った。
暖かい温もりと共に。


「立花先輩…」
あの日までは幸せに感じた言葉。
今では夜の闇に呑まれてしまう。
掌も声も姿も温もりも、すべてがはっきりと思い出せるのに。
私の心は、ぽっかりと穴が開いたまま。
これから風が暖かくなれば、私の淋しさも薄れるのだろうか。
次の冬には、淋しさも温もりに変わるのだろうか。
そんな不安を余所に、今夜も月は眠らない。



【fin.】


企画:一二飛ばして三のお前
提出作品


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