文
□喜の名を持つ者
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手紙を読みながら、固まったまま動かない子を待っていた。僕の口からは、言葉が紡がれる。ただ、沈黙が嫌だったから。
「…あの感触を、思い出してしまうね」
あの子の上に広がる空の色は、まるで飴細工のようだ。
飴細工の色が、美しいと感じたのは最近の事だった。
「同じ口なのに、今でるのはため息ばかり」
形じゃなくて、色が美しい。今まで自我が無かったかのような感覚だった。
「あの子のコトを考えても、気持ちは浮かばれない」
特に、夕焼け色が美しい。朱色が、深く染まっていく、あの色。
「嫌いになった?」
丁度、今の時間の空。
でも今日は。
「違う。好きだよ。ただ、気付いただけなんだ」
曇天の端から赤がのぞいている。まるで未来の景色のように、気持ち悪い。
ふと、視界の端に居た子の口が動く。
ああ、流石に、わかったかな。
続きの言葉。
「…気付いた、だけだ。あと、半年しか無いんだって」
「それ、最後の台詞だったんだけどなぁ」
とぼけるように言うと、その子はいつものようにふにゃりと笑った。
「ごめん、独り言だったんだ」
「まぁね。手紙の内容は、どうだった?」
「…」
その子は答えない。顔からは笑顔も消える。その反応に、子供をあやすような声で誘ってみる。
「答えが欲しい?」
「教えてくれるの」
「いや。だめ」
「庄左ヱ門、意地悪になった」
無意味な駆け引きと、わかっていたくせに。
ああ、楽しいな。
「うん。ごめんね」
「元気出ないなぁ」
「口付けてあげようか」
この子が、普段見せない顔を引きずり出すのが、楽しい。
「口付け、か」
「ああ。気持ちよくしてあげるよ。最後まで」
「いい。庄左ヱ門じゃ起たないもん」
拗ねた言い方に、やっぱり違うなぁと思う。きっとその答えは、は組のみんなが想像する、この子の反応とは違う。
きっと、金吾はわかってるんだろうけど。こういう、この子の存在も。
「意地悪いな。喜三太」
「初めて言われた」
「みんな、聞かないだろ。こんなこと」
「うん。変なの、庄左ヱ門」
「知らないだけだよ。喜三太も」
「何を?」
「何かな」
「意地悪」
「でも、わかってるだろう。おんなじことだよ。それの答えも」
「そんな簡単じゃないよ」
「そうかもね」
「手紙、ありがと」
「いいえ。どういたしまして」
そう、答える間に、喜三太は姿を消した。ほら、やっぱり。は組のみんなはきっと、知らないよ。そんな君は。
「さぁ、どうしようか。金吾」
もたれていた木に問いかける。返事は直ぐに返ってきた。
「その前に。喜三太誘惑するなよ。庄ちゃん」
「あれは冗談だよ。で、どうするの」
「今回は、手は出さないでもらえるか?」
「ああ。わかった」
前に手を出したのは2年前の話だ。あの頃と、今じゃちがう。金吾も、喜三太も。
「それじゃあ、みんなにも内緒にしてあげるよ」
「ありがとな」
姿が見えない分か、その声が随分と柔らかく聞こえた。こういう所は変わらない。いや、金吾は昔と対して変わっていないか。変わったのはむしろ、喜三太のほうだ。
「じゃあ、頑張ってね」
「おう」
返事とともに、金吾の気配が消える。
揺れた枝から、真っ赤に染まった紅葉が落ちてきた。
「綺麗に染まってる」
喜三太は変わった。変わったけど、その方が面白い。
紅葉を裏返してみる。そこには腐りかけの染みがあった。
ほら、やっぱり。
人間も、紅葉も、染みや汚れをさらけ出した方が、ずっと美しい。
きっと、今回の事で喜三太はまた変わる。
ああ
楽しみだね。
本当に。