☆オタカラSTORY☆

□苦い潮風
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ギラつく夏の日射しとは、
全く無縁なこの部屋。


快適な空調にすっかり慣らされて、
外の明るさをうっかり見てしまうだけで茹だる。




それでも夏は何故か焦るもの。
『何か』をしなければひどく損をした気分になる。


『ねえ、どっか行こうよ』

『んー?暑いじゃん』

『…そうだけどさ』



小さな画面を大きな両の手に持って、
口の片隅には、今、また新しく火を点けたばかりの煙草。


相手にされなくて腹立つことも、
体調を気遣って口を挟むことも、
あまり意味がないことだと悟ってから、気にしない事にした。







『海でも行く?』


画面に向かって少し俯き加減な角度は変えずに、

こうして私を気にかけてくれる、
優しいところが好きだから。


『ホント!?』

『…口が尖ってたぜ?』

『!』

『結構目いいんだ、俺』






『…分かってるよ』

『でもコレ終わるまで待ってて』
『それも分かってる』


ゴメンね、と謝った彼を待って数時間、



やっと部屋を出たら、影は長くなっていた。




海には似合わない派手な車に乗り込んで、
嗅ぎ慣れた匂いと一緒に誘われた場所へ。
温度差に蒸した体を冷ます為の調整は、
過ぎた時間のおかげで全開にした車窓に任せて。




そこに降り立てば薄い靴底に、まだまだ残る大地の熱が伝わる。
今はもう姿を消した太陽が、
日射しだけを薄い色の空と積み上がる雲に残していて。

近づいた波打ち際では、温い海に足を攫われた。


泳がなくても、ここはいろいろと夏っぽい。





『…マット』

『ん?』

『ありがとね』

『何?もう満足なの?』

『?まだ何かあるの?』




『そーだなー、…花火でも買って帰る?』




『……うん!』



まだ味わえる夏らしさと、
また感じた彼らしさに、

はしたないくらい大きな声で答えてしまう私。


『…の前に』

その唇を、慣れた感触と匂いで
一瞬、塞がれて、
仄かに苦いいつもの味が、
湿気た潮風と一緒に、余韻になった。


『海に来たならこれくらいはしないと』

『…これでマットは満足?』

『まあね』

『…帰ろっか』

『花火買いながらな』



今年の夏はもう、
海に来ることはないかもしれないけど



もう夏に焦らない。


移りゆく季節よりも大事な、

あなたの優しさが好きだから。



END.







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