企画
□馬鹿と優しさの境目
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DTO先生は太陽のように笑いました。
しかし残念なことに、こめかみから伝う血の筋が全てを台無しにしていました。
「怪我はないか?硝子」
この人馬鹿だ、と硝子は思いました。
何故赤の他人より自分の心配をしないのかと、問い詰めてやりたくなりました。
貴方は笑えても、私は笑えないんです、と。
しかし先生がそういう馬鹿な人間だということを硝子は知っていましたから、代わりにこちらは涙を流してやりました。
「お、おい!何泣いてんだよ!」と慌てふためく先生の背後で、カッターが、先生めがけて降り下ろされていました。
長かったようで短かった一年が終わり、硝子は4月から進級します。
何かとお世話になったDTO先生ともお別れです。少し、寂しい。と感じたのは気のせいにしておきましょう。
「みんな、一年間ありがとうな」
教卓の前で先生は、生徒たちの視線に見守られ言葉を続けます。
「一年間色んなことがあったな。でも先生はお前らと一緒に過ごせて楽しかったぞ!ま、来年度もひょっとしたらお前らの学年のクラスを持つ…かもしれないけどな。そん時は今までより指導も授業もビシバシ行くから、覚悟しとけよ〜?」
クラス中がクスクスと笑い声に包まれます。
先生はざわめき程度でも嬉しいのでしょう、「笑え笑え!笑うと幸せになるだろ?」
硝子は笑っていませんでした。
「笑う」という感情が欠落しているらしい彼女は、先生がどんなに面白いジョークを言おうと、口を少しでも歪めることはありません。
しかし先生はそんな硝子になおも笑って言うのです。
『無理に感情を表に引き出したって、それはお前の本心じゃないなら意味ねぇだろ。笑いたい時に笑えばいいのさ、焦んなくていいんだよ』
硝子は先生のことが好きです。勿論、先生として。ですから、笑えなくとも、先生の話を聞くことも好きでした。
先生は、強い眼差しで生徒たちを見ていました。その澄み切った視界の中に硝子は映っているでしょうか。
「最後に俺様から一つ!」
息を吸い込んで。
「Innocence is bold.……忘れるな、俺はいつでもお前たちの味方であり続ける!」
クラス全体が更にざわめきを増します。
先生の言った英語の意味がいまいち分からないようです。
頭のいい硝子は、分かっていました。
「(あのことわざ…まさか……)」
その時。
ガタッ!と大きな音が聞こえました。
続いて、女子の悲鳴が、クラスを凍り付かせます。
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