並中校歌シリーズ

□校歌斉唱
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【校歌斉唱】


緑たなびく並盛の〜大なく小なく並がいい〜♪



放課後、下校時刻まであと少しで人が疎らの廊下に鳴り響く携帯の着信音。

並盛という地域限定で知られている、ある意味独創的な歌詞が載るメロディーの発信源は決まっている。

だって、校歌をわざわざ(きっと風紀委員に作らせて)携帯の着信音にするなんて、そんな物好きは一人しかいない。

決して集団に溶け込まない、孤高の人。

雲雀恭弥

並盛をこよなく愛する年齢不詳の風紀委員長。



♪い〜つも変わら  ピッ



メロディーが中途半端な場所で音が途切れる。携帯に出たからだ。

相手はどうやら草壁さんのよう。

雲雀さんが携帯で会話するのはリボーンか草壁さんくらいじゃないだろうか。

というか、多分番号自体を知ってる人なんてきっと他にいない。

俺だって知らない。

知っていたとしても、電話なんてできないだろうけど。

携帯で会話をしながらも足を止めずに歩き続ける、彼の横を歩く自分。

いつの間にか途中まで一緒に帰るようになった。

少し前なら考えられなかったことだ。

そして通話が終わったのを見計らって声をかける自分。

ごく普通に、会話ができるようになったのも、最近の変化の一つ。



「スキですよね、校歌」

「うん」

「なんで、とか聞いてもいいですか?」

「君は好きじゃないの」

「…嫌いじゃないと思います。あ、最近はスキかも」



今まで嫌いとか、好きとか、考えたことなかった。

だって校歌だし。

特に内容なんて気にしたことなかったけれど。

平々凡々並でいい、だとか、少し前までは当たり前だったはずの平凡な日々が今は懐かしい。

そう思ったら、好きな気がしてきた。

なにそれ、と苦笑をもらす雲雀さん。

そんな表情の変化を観察できるようになったのも最近になってからだ。

前は近くに寄るだけで恐怖してしまい、顔なんてろくに見てなかったから。

イメージ的に鉄面皮とか、怒ったような顔しかしない人だと思っていた。

むしろ様々な感情が顔に出やすいなんてこと、知らなかった。

まぁ、顔の筋肉が硬いのか、表情の変化が激しいとは言えないけれど。



「並っていいよね…うん。好きだ。」

「へ?」



下駄箱で靴を履き替えて校庭へ移動中、そんなに記憶に古くない過去を振り返っていたところに意外すぎる発言。

聞き流せなかった。

歩めば先にある人波がモーゼの奇跡のように割れ、

行く手を阻む者がいれば老若男女問わず平等にご自慢の牙ともいえるトンファーで咬み殺し、

暇を持て余しては群れを見つけて制裁を加え、並盛の秩序は僕。とか言って何の迷いなく我が道をひたすら突き進む。

どんな暴挙も許されてしまう。

誰も文句を言えない、言わせない力、がある人。

そんな並とは程遠い、むしろ真逆に位置している人の言葉じゃない。

しかし、完全に否定するには発した声音が優し過ぎた。



「平凡も、いい」



聞き違いかとも思ったが、どうやら違うらしい。

しかも今度は平凡ときた。

彼の通った後は草木が一本も生えない、という噂もあったなぁ 平凡って何だっけ。

思考が空回りし始め、歩みの速度にズレが生じる。

彼の言葉は冗談ではない。それはわかる。

そんな事言う人じゃないし。

一度足を止めて振り返る彼の表情は至って真面目。

歩みが遅れた俺を素通りしている彼の視線の先を追うと夕日に染められた校舎があって、反射する光りが眩しいのか、細められた眼差しは愛おしげでさえある。

それは瞬きほどの一瞬で、すぐに歩き始めてしまったから確認のしようがない。

そしてふと、ひょっとして雲雀さんの破天荒と言える行動の数々は学校の平和、平凡な日々を守るためのものなんじゃないか、と思えた。

正義のヒーローなんて、ガラじゃないけど。





彼は群れを嫌う。

人は個々では行動を起こし難いが、小心者でも集団になると気が大きくなり、自分はさも強くなったかのように振舞うことがある。そして問題が起きやすくなる。

この前、海外の免税店で日本学生が集団万引き、なんてニュースをやっていたのがいい例だ。

しかもその団体の5分の1が同時に行ったという。

1人だったら、わざわざ海外で、そんなことは絶対しないと思う。

見つかったら大変だ。

集団心理とは恐ろしい。

みんな一緒なら大丈夫だ、なんて。

大勢で万引きすれば見つかりやすくなる上に、別段一人ひとりの立場が強くなったわけでもないのに、そんな風に思えるなんて信じられない。

結果、当然見つかってニュース報道、日本の恥を曝してくれたし、周りから怒られただろう。

停学という罰だって下ったが、この場合さらに悪い事に、怒られる時も一人ひとりでなく集団で怒られるから、いけないことをした、という自覚が薄くなる。

犯した罪の意識は半減だ。再犯の可能性が出てくる。

実に悪循環。

彼が嫌うのはひょっとしたらそういうところかも知れない。

集団がそういった悪影響を与え合うばかりとは限らないけれど、彼にとってはどちらが出るかわからないような芽は種をまく前に潰してしまおう、程度にしか思っていないに違いない。



そして集団のもう一つの心理として、1人の圧倒的な悪役が立つとその他の人はどんなに仲が悪くても結託して一番邪魔な存在を倒そう、排除しようとする。

結果、大本以外での争いは起き難くなる。

並中は、雲雀恭弥という独裁政権で成り立っている。

彼に対する不満は多い。

反抗する者も多いが、力の差が歴然過ぎて結託しても勝てない。

全校生徒でかかっても、教師がそれに加わっても勝つことはできないだろう。

反抗する気を起こすヤツさえいなくなる。

既に扱いは人外だ。鬼神だ。触らぬ神に祟りなし

とことん避ける。

どんな不良でも頭を下げる。

否応なく、彼の秩序に従うことになる。

しかし、不満はなくなることはないし、発散だってしたくなる。

小さな火種は完全には消えないけれど、彼のおかげで最小限に止まっているのも事実。

黒曜と違って断然平和な、平凡な生活を送れているのは、彼のおかげ、と言えるのではないか。

訂正しよう。

彼は正義のヒーローでなく、正義の悪役だ。

うん。その方がしっくりくる。

戦闘マニアな彼は平凡な毎日だと退屈しそうだが、屋上や応接室で居眠りをするのも好きだ。

人の気配に敏感なクセに、平和な日は大抵寝て過ごしているようだし。

ちなみに学生が授業に出ていなければ平凡とは言わない、というのは無視しておく。

学校自体が平凡であればいいのだ。

彼自身はそれから除外される。

さて、彼が平凡がいいという理由はこれで説明がつく。

しかし、並以下の自分が並に憧れるのはわかるけれど、並以上の人が並を好きな理由って何だ。



つらつらと思考の波を漂いながら黙々と歩き続けていた。

今度は遅れないように気をつけて。

行く先の道にうつるのは無機質な建物の影とささやかな植物の影と、その中を並んで動いている二つの影だけ。

雲雀さんは決して多くを語る人ではないけれど、こちらが話しかければ応えてくれる。

相槌だって打つ。

しかしこちらが黙ってしまえば自然と沈黙が降りてくる。

決して苦ではなく、寧ろ居心地が良いくらいの静けさ。

けれどまったくの無音というわけではなく、いつの間にか雲雀さんに懐いてしまった黄色い鳥が頭上を舞って、雲雀さんが教え込んだと思われる校歌を口ずさんでいる。

よく飽きずに歌えるなぁ

結論が見えず、思考が逸れた時にタイミング良く、珍しく雲雀の方から沈黙を破る。

校舎を出た辺りから何かしら考え込んでいる俺に気づいたからかも知れない。



「君はダメツナって呼ばれてるよね」

「…恥ずかしながら」

「ダメって並以下だよね」



そんな念押しみたいなこと言わなくても。

涙が出てくるじゃないか。

これでも、最近では言われなくなった方だと思う。

有難迷惑な家庭教師のおかげで。

ブツブツ、思わず自力で嘆きモード突入かと思いきや、今までなけなしの頭で考えていた思考が全部ぶっ飛んだ。



「君と僕だったら“並”になると思わない」



そう言って純粋な笑みを浮かべた彼の肩に、先程まで頭上を舞っていた黄色い鳥が止まった。

校歌とともに。







♪君と僕とで並盛の

当たり前たる並でいい

いつも一緒に 健やか健気

ああ〜 ともに歩もう

並盛中♪
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