醒者水盃
□いのちはいのちをいけにえとしてひかりかがやく
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深く項垂れていた新八が、すっと顔を上げる。
「近藤さん、除名です」
そこには、時として非情に徹しなければならないリーダーの責任を負うたものの厳しい表情があった。
あの甘えたことばかりを言っていた少年がこうも変わったか。近藤は目を微笑みに細める。
「わかった」
短く告げれば、思いがけない即答と近藤の笑みに、新八は狼狽える色を浮かべる。
まっすぐに見つめていた少年の強い眼差しが揺れる。
「なんで、なんで近藤さんなんだっ!?」
口を開きかけた新八の胸ぐらを、沖田が掴む。
新八は間近にある烈火のような眼差しを見つめ、そしてその向こうで沈黙したまま端然と立っている白い顔を凝視の強さで見つめる。
「総悟、やめろ」
溜め息まじりで沖田を引きはがしにかかったのは土方だ。
「だって、土方さん、アンタだってこれがどういうことかわかってるでしょうが!」
本当は沖田にもわかっている。
現在のパーティに魔道士はすでに三人、そして物理攻撃を主とするジョブは四人。
沖田自身、“時魔道師”としてアビリティの習得に励んでいる最中だ。
そしてまだこれから仲間は増えていく。彼らはこれまでのすべてを捨て去り、新八をリーダーとするこの陣営の戦列に加わってくれるのだ。
近藤は魔道士の素質は低いが剣を取らせれば、リーダーでレベルも高い新八と遜色なく、ジョブが定まらずにいた。
最後に加わった彼はレベルも低い。今のメンバーの中で誰を除名かと言えば、近藤以外にはいない。だが――
「近藤さんっ、アンタもなに簡単に承諾してんですかッ!『除名』されたら、もう……もう二度とっ!」
それ以上を言わず、沖田は視線を滑らせた。
そこには静かに皆のもとから離れていく背高な白い背中があった。
定春が、さくさくと下草を踏み、彼の傍らに寄りそう。
賢く優しい犬は、小さく鳴いて彼の腕に大きな頭を凭せる。
真っ白な毛並みを梳き撫でる手がぎこちなく見えるのは気のせいか。それともそうであって欲しいという願望か。
「二度とッ!!……アンタひとりでそんなん決めちまって、あの人のこたァどーするってんですかッ!!」
「やめろ、総悟っ」
「黙りませんぜ、俺ァ」
ほとんど土方に羽交い締めにされながらも噛みつく勢いで怒鳴る沖田に、近藤は微苦笑を浮かべさらりと頷く。
「わかっている」
除名されれば、きっと二度と逢うことはない。
「わかってて、……わかってて、なんで」
ぱたり、と力なく両腕を垂らす沖田の向こうで、堅く口を噤み静観していた新八に近藤ははっきりと告げる。
「新八くん、次の戦闘に俺を出せ。そこで除名にすればいい」
なにを言われたのか、新八は咄嗟に理解できなかった。しかし瞬間後、さっと顔色を変えた。
揺れた新八の眼差しは、視界の端で硬直したように定春を撫でる手を止めた白い背中を見た。
“白夜叉”と渾名されながら、最前線で仲間を背に血刀を振るい戦う彼を、新八はいつも見上げてきた。
いつだって、新八はあの背中に追いつくことを目標にしてきた。
いつだって見上げてきたのだ。
あの広い背中があんなにも力なく竦んでしまっているのを見たことはない。
そうさせているのは、この目の前で微笑んでいる男だ。
新八はきつく目を眇めて、おだやかに微笑む近藤を凝視する。
沖田も、そして他のメンバーの誰もが近藤の言ったことを飲み込めずに黙り込む。無意識に、理解を拒絶していたのかもしれない。その意味の残酷さゆえに。
ギリと拳を握り込んだのは、桂。
近藤を刺すように睨みつけると「バカがっ」と吐き捨て、顔を背ける。
やっと口を開いた新八の声は、怒りが滲む固く低いものだった。
「近藤さん、アンタ、まさか」
ちらと新八が見たのは、立ち尽くしている白い背中。近藤は、新八がすべてを理解したと知る。
烈火のごとく怒り狂っていた沖田の顔は青く色が抜けている。そして呆然と立つ土方もまた、近藤の意図を察したのだのだろう。
近藤からも見えている俯く銀色の頭、彼はどうだろうか。
たぶん、いやきっと気づいた。
けれど頭ではどうでも、まだ皆と同じに、否、それ以上に納得はできていないに違いない。
だが納得せねばならない。
彼が近藤の決意を呑み込まなければ、近藤が提示した“除名”に意味はない。