濁酒乾杯

□そうは、問屋が卸さない。
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 入り口近くの壁に背を預けて胡坐をかき、肩に立て掛けた愛刀に手を滑らせる。
 眉根を寄せる土方が目を向ける先には、青白い顔色の銀時が俯せに寝かされている。
 浅く速い苦しげな呼吸を繰り返す銀時にうつ伏せ寝はつらいだろうが致し方ない、背に走った刃物傷を慮ったのだ。
 額やこめかみに色素の薄い髪が汗で貼り付いている。
 きつく瞼を閉じている様に、こちら勝手なものとわかっていても、いらりと苛立ちが沸く。
 この男、いったい今度は何を守ろうとしているのか。ひとり満身創痍になってまで。
 ギリリと銜えた煙草のフィルターを噛みしめる。
「トシ、落ちつけ」
 かたりと開いた襖の向こうに現われた近藤が、土方に落とした声をかける。
 ふいっと動いた手に指され、土方は自分が無意識に懐へ手を伸ばしていたことに気づいた。
 取り出そうとしていたライターから手を放す。億劫げに息を吐き出し、土方は懐に伸ばしていた手をゆるく上げることで応えに換える。
「こうも辛気臭ェ面ァ眺めてりゃ飽きもするさ」
「まァ、そう言うな。行き合っちまったもんはしょうがねェよ」
 静かに襖を閉じ、隣へと腰を下ろした近藤の顔にあるのは疲労と苦笑が混ざった笑みだ。この様子ではろくなことを聞かされないのだろうと予想がつく。
 どっこいせとおっさんくさい掛け声を口にして胡坐をかく近藤を、土方は横目で見やる。
「それで近藤さん、なんかわかったかい」
「それなんだがな、俺たちが見つける半時ほど前だ、コイツが浸かった川のもうちょい上の方で一騒動あったことがわかった」
「一騒動?」
 顔を向けて土方は話を促す。
「ああ、山崎が拾ってきた話じゃ、なんでもヤクザが橋の上で喧嘩してたそうだ」
 土方の眉間の皺がきつくなる。
 その意味を近藤は正確に察した。たぶん山崎に報告を受けた自分も同じような顔をしていただろうからだ。
 信じがたい、というそれだ。頓狂な悪い冗談を聞かされたような気分になったのだ。
「あんまりうるせェもんだから、近くの家のモンがやじ馬根性出して戸の隙間から覗き見てた。その話じゃ、橋の上でたった一人をヤクザが二十何人だかやたら大勢で囲んでたってことだ」
 たった一人を、そう口にした近藤は伸べられた布団で喘鳴を繰り返している銀時を見た。
 釣られて土方も青白い顔を見る。
「その『一人』がコイツだってかい」
「囲まれちまっててよくは見えなかったそうなんだがな、白っぽい背高の男だったてんだから、おそらくはな」
 言って深い息を吐く。
 遠目ならば、髪色と片袖を抜いた着流しが相まって銀時の姿は『白っぽく』見えるだろう。
 ふたりそろって脳裏に、あの月の明るい晩、川にかかる橋の上で多勢に囲まれた手負いの銀時が立ち回る様を思い浮かべる。しかしどこがとは言い難いが、なにか違和感が拭えない。
 近藤と土方は、そのひと騒動があったという橋の川下で偶然銀時を見つけ拾った。
 背を切りつけられ腹と腕に銃創を負った彼は、目の前で呼ぶふたりが誰かも判断できない酷い状態だった。
 近藤も土方も、一度は銀時と手合わせしている。彼が木刀を振るう様を見たことがある。
 人間相手だけではない、夜兎に並ぶ傭兵部族とまで称された天人にも打ち勝っている銀時の腕は尋常のものではない。
 
 
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