古酒震天

□窓
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 工藤は、神出鬼没が売りだと思っていたのに、珍しく帰国予告を出した両親のため、珍しくベッドメイクをしてやる気になった。
 なったけれど途中で放棄して、今は床に座り込んでいる。
 目にとまったのは、キャビネットに飾られた幾つものフォトスタンド。いつもなら気にしない見慣れたそれらだが、この日は違った。昼間、写真絡みの会話をしたからだろう。

 教室で蘭と園子がアルバムを持ち寄り広げていた。園子が留学中の京極真に送る、もとい送りつけるものを選んでいたのだ。
 データをメールに乗せればと思ったが、園子は大阪幼なじみコンビが持つ「鎖の欠片」に憧れをおぼえたらしい。京極にお守りを贈り、その中に自分の写真を紛れ込ませようという魂胆なのだ。
 押しが強いキャラのくせに、おもしろいぐらい遠回りをする園子のアプローチが、今どきちょっと珍しい古風で鈍感な侍にきちんと通じるのはいつも不思議だ。
 ポケットアルバム何冊もに詰め替えられた写真を、工藤も懐かしさにかられてパラパラと眺めた。
 理由が理由だから被写体は園子がほとんどだ。けれどうち数冊は懐かしむためのもので、背番号10番をつける中学時代の新一もあった。
 小学生の運動会の時のものもあった。蘭が徒競走で走っている写真の撮影者は、工藤の親のどちらかだ。
 毛利小五郎はこの写真の頃は現職だったから、小学校六年間の内で彼が蘭の応援に来れたのは半分だった。そしてその半分は、母英理と工藤の両親がカバーしていたはずだ。
 そんなことを思い出し、話しながら写真を見ていると、蘭が「そうだ」と声を上げ一枚取り出した。
「ねぇ、新一はこの人のこと覚えてる?」
「あ?」
 受け取り見た。写っているのは、――正装した男性。
 穏やかな微笑の、品の良さそうな雰囲気の人だ。容姿は工藤の父勇作のソトヅラに少し似ている気もするが、あのあくの強さはこの男性には皆無だ。けれど、父と同じく他人に見られ慣れている人だ。
 もう一枚、とまた写真を手渡された。男性が手に持つシルクハットから、うさぎがもそもそもそもそもそと溢れている。男性の困った様子が笑みを誘う。可愛らしいというか、愛嬌があるというか。
「なるほど。マジシャンか。つーかよぉ、オレが『覚えているハズの人』なのかよ?」
「う〜ん。他のはうちに置いてきたんだけど、この男の人と新一のご両親が一緒に写っているのが何枚もあったのよ。親しそうな感じで。だからと思ったんだけど、新一は知らない?」
「覚えがねーなぁ。ウチのがってもあの人たちの交友関係、浅いとこも入れたらおっそろしく広いんだぜ? マジックしてんならショーかパーティだろ。つっとあの親父も外面だろうし、親しそうて言ってもなぁ」
 ぶつぶつ呟く工藤の語尾に被さり、園子が「ンふふふふっ」とブキミに笑った。
「ンだよオメー、きっしょくわりぃなっ!」
「ちょっと園子ったら」
「だぁってぇ〜。ね、新一くん、アンタが覚えてなくてもおじさまはきっとご存じに違いないわ! どんな方なのかお話し聞かせてもらえるように頼んでよ!!」
「はあ!?」
 園子が両手を合わせて、ずずいと身を乗り出してきた。
「おまえ、マジシャン好きだなぁ」
 体を反らして逃げながら呆れた口調の工藤の言い様に、蘭がパタパタと手を振った。
「ちがう、ちがう。そうだけどそうじゃなくて、ね?」
 ね、と続きを振られた園子は、ウフッと笑う。恐かった。
「この人はね、世界屈指のマジシャンで黒羽盗一さんて言って、聞いて驚け! この人は、あの私の怪盗キッド様が尊敬するマジシャンなのよ!」
「へぇ〜。…おまえ、ホント好きだな。あのコソドロ」
「コソドロ言うんじゃないわよ! 私のキッド様に!」
 
 
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