古酒震天

□16歳
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 やっぱり無いわねー、と端末の前に座るルナマリアは悔しげに両手の指をわきわきさせる。
「もういいかげん諦めれば?」
 シンは言うも、ルナマリアは不満げに頬を膨らませる。
「いーやーよっ。やっぱり軍のライブラリだからお固いことしか入ってないのかしら。これが基地ならマスコミのライブラリとかに繋げられるから確実なんだけどなあ。なんとかこう、なんとかなんないかしら」
 通信状況が悪い地球の大海原を、たった一隻で航行中のミネルバではとうてい無茶な話だ。
 シンは、唸りながら端末に向かっているルナマリアの後ろに突っ立ち、彼女が取り出したザフトの記録を眺めている。
 シンやルナマリアの二期前の、とある人の記録だ。
 更新されたパーソナルデータには、理知的で端正な顔が真正面を向いて写っている。それをスクロールさせていくと現れる彼の戦歴、ずば抜けた功績。
 アスラン・ザラ。
 彼が復隊し、ミネルバに搭乗してから後、封じられていたデータが閲覧できるようになっていた。
 真っ先に気づいたのは情報通のメイリンで、知名度のわりに露出が少なかった前大戦当時のアスランのヴィジュアルデータがあったと興奮ぎみに教えてくれた。
 ルナマリアにつき合わされ覗いてみれば、士官学校の卒業記念写真らしきものが載っていた。こういった公式ファイルには珍しくスナップの類いだ。
 シンにも覚えがある士官学校の制服、皆が手にしているのは訓練過程終了認定証、いわゆる卒業証書が収められた筒だろう。
 和気あいあいと打ち解けた雰囲気が垣間見える集合写真の少し脇の方に、控えめな、けれど喜びや嬉しさ、そして誇りをも感じる、光を思わせる笑顔のアスランがいる。――今、ミネルバにいる隊長のアスランからは、ちょっと想像がつかないそれ。こんな顔ができるんだ、とそんな風に思った明るい笑顔。明るい仲間たちに囲まれた、アスラン。
 赤服が五人。
 ライブラリを見れば、この年の赤服が誰かは簡単に知ることができる。
 しかし今更それを調べなくても、ルナマリアもシンも知っている。それだけ有名な代なのだ、彼らは。
 そしてその中の誰が、このスナップに写る誰が、今もザフトにいるのかも知っている。

 ならば、アスランの笑顔を、彼から健やかな笑顔を隠してしまったのは。
 それは、ここに笑顔で写る彼らの誰かなのか。
 ヤキン・ドゥーエにまで広がった戦いなのか。
 それともまだ数度の戦闘しか知らない、自分たちは知らない何かがアスランから……?

 アーモリーワンを出て始まったボギーワン追撃戦において、強奪機体に足止めされてミネルバを守ることができなかったシンとルナマリア。
 新型とパーソナルカラーのMSに搭乗を許された赤服たちがもたついている間にミネルバの窮地を救ったのは“伝説のエース”だった。
 
『そんなものじゃない。……俺は“アレックス”だよ』


 レクリエーションルームで居合わせた“アレックス・ディノ”は、ルナマリアの言を苦々しげに否定した。
 彼は、誇らしげな様子も達成感も生き残った安堵も見えない、なにも読み取れない沈鬱な面持ちで、アスハとも離れひとりきりぽつりと背を丸めて座っていた。
 それは、ミネルバにフェイスとして搭乗してきてからも同じで、なにを見、なにを考えているのか本当によくわからない人なのだ。
 シンやルナマリア、レイの目には赤く見えるものが、アスランの翡翠の瞳には青く見えているのではないかと思う程だ。
 だから仲間たちとともにスナップに残る少年らしい幼い甘さの残る晴れやかな笑顔は、シンには思いがけないものだった。
 アスランの笑顔を、彼から健やかな笑顔を隠してしまったのはなんだろう。
 塞いだ空気を払ったのはルナマリアだった。
 あれは?と彼女は言い出したのだ。
 ラクスさまとの婚約披露の時のは!?と、アレすっごいカッコ可愛くて良いんだから!と言い出したルナマリアにつきあって、と言ってもシンは後ろで立っていただけだが、捜しても捜しても見つからない。
 プラントの最高評議会議長令嬢と国防委員長子息の婚約は、婚約統制の象徴でもあったため記事そのものは見つかったのだが、ラクスとアスランのツーショットまでは見つからない。
 となると意地になるもので、ルナマリアはメイリンも巻き込んで、そして逃げ腰のシンを離さず――レイはとっくに逃げている――必死に十六歳のアスランを捜索中だ。
 頭をつき合わせて端末に向かいああだこうだと言い合う姉妹の、気が合う仲がいい様子は微笑ましいものだが、それは自分に実害がない場合においてだ。
 カッコ可愛い隊長ねぇ、はぁぁ。
 俺まで巻き込まないで欲しい、とシンは溜め息だ。
 逃げようと思えば逃げられないわけではない。
 ないのだけれど、あの幼い控えめな笑顔を見た後なので、シンも『すっごいカッコ可愛いアスラン』に興味はあるのだ。
 あるのだがしかし。
 これさぁ、ルナはいいけど、隊長に見つかったら俺なんて言い訳すりゃいいんだよう。
 シンは本気で弱っていた。


end.
 

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