古酒震天

□異次元ワールドへ、ようこそ。
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 射撃場(シューティングレンジ)の扉を開けると、同輩のパイロットふたりの姿が見えた。ルナマリアはひらりと手を振る。
「シン、レイも、規定?」
「ルナ」
 操作卓(コンソール)に向かっていた背中が振り向く。レイも肩越しに振り返る。
「そのつもりだったんだがな」
「だったんだけどなぁ」
 含みのある二人の物言いに、どうかしたのかとルナマリアも二人が向かう操作卓を覗く。見ればディスプレイには、射撃訓練設定(ファイヤードリル)のメニュー画面が立ち上げられている。
「どうしたのよ、システム異常でも出た?」
「いや、そうじゃないけど…」
 
 平素は初期設定されているプログラムの中から訓練設定を選択して行なうのだが、別に設定を組むことができるようにもなっていることは、ルナマリアとて知っている。しかし用意された初期設定以外に自分でわざわざ作成するなどしたことがない。
 ミネルバMS隊は隊長の素晴らしい射撃の腕を目の当たりにし、ええ〜このメニューって本当にこなせるものだったんだ、と呆気にとられた。
 しかし刹那の呆然から立ち直った新人たちは感心するだけで終わらず、必死に追いつけ追いつけと射撃訓練に励んでいる。
 追いつき追い越せと言えないのが情けないところなのだが、それは今後の練習の成果しだいで口にすることができるようになるだろう。
  
「じゃなきゃなにやってんの……って、ナニコレ?」
「ナニコレだろっ?なあ、コレって絶対におかしいよなっ?」
「おかしいわよっ。この標的、出現回数もバカなら消失までのタイムもバカじゃない。しかも当たり判定がコンビネーション限定?シン、あんたバッカじゃないの?」
 ばこん!
 あまりにあまりな訓練設定に、ルナマリアは隣の黒い頭を張り倒す。あだっ!と声が上がるがかまわない。
「出っぱなしの標的にも着弾ばらけるくせに何よコレは。私、アンタのコンビネーションの成績あんまり酷かったから未だに覚えてるわよっ」
 ばこん!あだっ!
「痛いって、初めてん時だろソレは!おまえは人の成績なんか覚えてんなよっ、てかコレ組んだの俺じゃないから」
「え?」
 黙して被害を逃れたレイと、興奮のあまり上げた手を間近のものに振り下ろしたルナマリアの平手を二発も後頭部にくらったシンが開いていた訓練設定。それは初期設定で用意されている難易度3AとSを足して弄ったような内容になっていた。
「アンタじゃないの?」
「ちがうっ。A、2A、3Aって上がったらさ、素直にSにチャレンジしようって思うだろ。なのにアイツなんて言ったと思う?」
「なんて、て、『アイツ』って誰よ?」
 このバケモノ設定を残した人物に何かを言われたらしく憤慨するシンに、ルナマリアはさしたる含みはなく相手を問うた。
 途端にシンは口をへの字にしてぷいっと横を向く。
 シンのこのリアクションは、ある特定の人物が関係した際に頻繁に出るものだ。
 ピンときたルナマリア。
「あーもしかして」
「ザラ隊長だそうだ」
 答えたのはレイ。
 やっぱり。
「なるほどね。で、何を言われたの。あんたが先に言いかけたんだから最後まで言いなさいよ」
 促され、しぶしぶといったていでシンは口を開く。
「『Sはゲームっぽくて、ムキになってしまうから訓練にならないんだ』」
「で、このコンビネーション限定のスペシャルメニュー?」
「そうだってさ」
 コンビネーションとは、胸部と顔面に続けざまに撃ち込む二点射撃のことだ。
 通常士官学校の訓練過程項目に組み込まれている実弾発射訓練(ファイヤードリル)では、胸部に一発、頭部に一発の二カ所への射撃である。
 そして彼ら三人がじっと見ているアスランが自分で組んだ設定には、囮標的(ダミー)の出現が組み込まれていた。
 このダミーかエネミーかの判断は、標的の胸や肩、場所を限定しない箇所にぽつりと付いている小さな印だけが目印だ。
 更に標的の出現時間がおそろしく短かい。一瞬とは言わないが“刹那”でしかない。
 そして、その刹那の間しか現れない標的がどちらなのか判断するための時間は一瞬しかない。
 これはダミーとエネミーを瞬時に見分ける判断力を要求され、その上に速射でコンビネーションショットを成功させろというものだった。

 
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