醒者水盃

□もれなくハッピー。
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 春、一学期の始業式にそれは起こる。
 まるでそれは一種のメインイベントのような盛り上がりを見せ、新入生は何事かといぶかるし、二年生は来年はと意気込むし、三年生は歓喜と落胆に湧くのだ。
 しかしその刹那の騒動の原因となっているものは、まるでその自覚が無いかのように他の職員達と同じく、いや比して明らかすぎるほど面倒くさそうに大きく肩を上下させた後にゆったりと歩を進める。

 それは桜が咲く春のこと、銀魂高校一学期始業式のクラス担任発表の際のことだ。
 三年生の学年主任、松平片栗虎がマイクに向かって唸る名前。

<あー次ィ、……3年、Z組ィ、担任んんー……“坂田ァ銀八ィイ”>

 そして体育館に湧く歓声。
 三年生を中心とする囃し立てる歓声と口笛や打ち鳴らされる拍手、同時に落胆の歎きとブーイング、そのどれもがたったひとりのだるそうな男に向けられたものだと、まだ銀魂高校での生活が始まったばかりの新入生たちには飲み込めるものではないだろう。
 全蔵や月詠、坂本といった、他にも人気の教師はおり、その名が呼ばれるたびにやはり歓声や落胆の声は上がった。
 しかしそれは“坂田銀八”が呼ばれた時ほどのものではなかった。
 これは毎年、いや坂田銀八が銀魂高校に赴任し、二年目の春から始まった光景だ。
 Z組は3年生の最後のクラス、ということは銀魂高校全クラスの一番最後に担任が発表されるクラスだ。
 最後の名前を呼ぶ時、すでに面白がっている松平は余興のつもりかもったいつける。
 まるでベルトを持つチャンピオンか、紅白の大トリを務める大御所歌手を呼ぶ司会者のように、やたらに力の入った唸り声で呼ばれ、まるで隠す気もなく大きな溜息を吐いたのは、中肉中背よりも少し背丈がある白い頭の男だ。
 生徒たちは毎年、銀八がクラスを受け持つのか、それはどのクラスなのか、今年もZ組なのかを始業式前に必死になって知りたがるが、教師達はおもしろがって絶対に口を割らない。
 ただ始業式に先立って行われている入学式の情報で、銀八が一年生を受け持っていないことだけは始業式開始前に知れている。
 だからといって今年もまた三年生を受け持つかどうか、またたとえ三年生だとしてもZ組かどうかはわからない。もしかしたら一度も銀八は呼ばれないまま終るかもしれない可能性だってある。
 しかし他の教師たちのにやつく顔から、生徒たちはきっとまた!と確信している。
 始業式に登校して来た新三年生たちが、貼り出されたクラス分けの表を“後ろから”確かめようとするのも、ここ数年で見慣れた光景だ。
 最後まで名を呼ばれていない、クラスを持たない教師たちと同じ席に混じっていた銀八は、妙に盛り上がってしまっている状態に辟易しているとも引いてしまっているとも言える顔で、だからといって戸惑うでも物怖じするでもなくゆったりと歩き出す。
 新入生寄りの壁際は貴賓席になっていて、教師たちの席は逆の壁際、つまりは3年Z組の隣に並んでいる。
 これからの一年間に、坂田銀八をまん中に据えて送る高校生活最後の一年間への期待九割とおののき一割に、わくわくと胸を膨らませざわついているZ組の面々の横を悠然と歩く銀八。
 並んだ一番前に、向き合うように立った銀八が片足に体重をかけただるそうな姿勢で立つ。
 Z組の生徒たちが待ってましたと手を打ち歓声を上げる。そして波紋のように生徒達の顔に高揚感があらわな笑顔が広がっていく。
 ポケットに両手を突っ込んだまるきりやる気のない格好で、銀八はレンズの奥の目を可笑しげに瞬かせ、にやりと片頬で笑う。

 これが銀魂高校、春のメインイベントだ。



 End.

 
 

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