合体混覇

□お気の毒。
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「まだ寝てていいんだぞ」
 しばらく前から、背中をじっと凝視する一対の視線を感じていた近藤は、モニタに向かいキーボードを叩いていた手を止める。
 軽く息を吐いて振り向き見やった先、床にはタオルケットにくるまった銀時がラグの上にのったりと寝そべっている。
 首にも腰にも力が入っておらず、指先から足の先まで脱力した軟体生物化してしまっているのには、近藤に責がある。その自覚もある。
 非難されるのを覚悟して、見上げてくる彼の目を見返しても、そこには近藤を責める色はなかった。逆に拍子抜けしてしまう。
 しばし見つめ合った後に、掠れた声で銀時がゆっくりと「おめーさ、」と言い出した。
「けっこういろいろ出てると思ってたんだけどな」
「……あの、話の脈絡が見えないんですけど」
 出てる? 触覚でも出ているのか? それとも下ネタか? いや後だからってそりゃねーか。……って、いろいろってなんだぁ?
 わけがわからず怪訝な顔の近藤を、なにを考えているのかよくわからないぼんやりした顔で、銀時は床に銀色の髪を散らしたまま見上げている。
「おまえ実はゴリラだから無ェのもしかたがねーんだけどさァ、クルンてなってんのも可愛いけど、やっぱさパタパタしてんのが判りやすくっていいよなァ」
 近藤には皆目見当もつかない道筋に銀時はいるらしい。
「あーだから、俺にもわかるように喋ってくれねェ? つか実はゴリラってオイ!」
「やだ。おまえ、いじわるだから」
 即答。近藤は胸が痛い。
 寝起きの頭が起きてきたのか、さっきよりも銀時の眼差しははっきりと近藤を見ているが、まだ眦がほの赤く瞼が腫れている。
 今夜はたくさん泣いたから。
 いや少し違う。近藤にたくさん泣かされたから。――が、正解だ。
 久しぶりだったのもあるし、ちょっと気に入らないことがあったので、珍しく近藤は苛めモードにシフトして、銀時が嫌がるのでいつもならしないこともしたし、根を上げても煽り立てた。
 けれど、もう上も下もわかっていないかもしれない朦朧としてきた銀時は、必死に近藤を求めてきた。
 官能よりも、たぶん、もっとわかりにくいものを求められていたように思う。
 普段はしらっとした顔の下でこんなにも? と感動した近藤は調子に乗り過ぎた。
 けれど当然、それも最中だけのことで。
 思い出して腹が立ってきたのか、眉を寄せて近藤を睨んだ後、ふいっと視線を切り、銀時は背中を向けてしまった。
 けれど上半身だけで億劫そうに捻り、下半身がついてきていないその動作は行為の後にしても酷くつらそうで、近藤が思っていた以上に彼の体に負担がかかっていたことを知らしめる。
 さすがに近藤が立ち上がり、そばに膝をついた途端「触んじゃねーぞ」と顔を見もせずに低く威嚇される始末。
「も、てめー今日は指一本俺に触んな」
 言い切れば背後で、がくりと意気消沈の気配。
 当然の報いだ。ちょっと可哀想かなと気になったが、銀時はあえて無視する。
 確かに、思い込みが激しいのもあって人並み以上に嫉妬しやすく、わけのわからん独占欲がある近藤の前で、いらないことを口走ってしまった自覚は銀時にもある。
 しかしだからといって行為の最中にそれはするなと言っていることをいちいちしかけてくるのはどうなのか。
 銀時にとっては散々な状況で、俺が嫌なことを覚えていてくれたのかと喜べる程広い心は持っていない。というかそんな心はたとえ近藤が相手でも持ちたくないし、在っても気づかせたくない。
 つけあがらせるだけじゃねーか。
 しかも焦らされて焦らされて、たまらず漏らした一言を逆手に取ってわけがわからなくなるまで煽り立てられた。
 近藤の手は終始優しいものではあったけれど、終始の間がやたらに長く、そして一貫して容赦がなかった。
 銀時にすれば心地よさもあるラインを越えれば苦悩を生むものになる。それをわかっているのか、いないのか。
 床に膝をついた近藤のおろおろしている様子からはわかっていないように思う。わかって欲しいとも思うし、気づかれてたまるかという思いもある。
 バカだアホだ鈍感だと思っている相手に翻弄されて、昂る体を持て余し嗚咽を噛んで許しを請う自分の存在など我慢ならない。
 何故心地いい気持ちいいだけで終わらせてくれないのか。あのように自我も理性も引き剥がすようなことをするのか。
 覆いを剥がされた後の、欲望に忠実な有り様は銀時にとって無様に過ぎる。
 体だけでは収まりがつかない、見えない内側をすべて四肢の先まで近藤に満たされるまで求めて強請る自分なんて、ありえない。
 憮然と、銀時は自分に被さり床に落ちている近藤の影を見る。
 不機嫌に黙り込んでしまった銀時に、今更のように彼は焦っている。
 それにしても近藤の機嫌が急降下していることをもっと早めに察知できていたら、ここまでされる前に宥めるなり謝るなり懐柔するなりして回避できたのにと思うと、よけいに銀時は腹立たしさが募るのだ。
 
 先日、気心の知れた人たちで集まり、このクソ熱い最中に鍋としゃれこんだことがあった。
 ジャンケンで負けた近藤がコンビニにアイスクリームを買いに出ていて不在だった時のことだ。
 ぶっきらぼうで無気力そう、いつもだるそうで、飄々としていると言えば聞こえはいいが何を考えているのかわからないと称されることが多い銀時だが、薄い表情の中にも喜怒哀楽を見てとることはできる。
 銀時は意外にまじめで、人に対して肝のところではとても誠実だ。ただ天の邪鬼の意地っ張りだから、こちらが奴の挑発に流されなければ案外わかりやすく、かわいらしいものだ。
 近藤が、そう銀時のことを評していたと沖田が話すと、座が微妙な生ぬるい空気に満たされた。
 近藤の、全開ののろけに当てられた気分になったのだ。
 話題の中心になっている銀時にしてはたまったものではない。
 近藤の方が人の良さそうな顔して不意に黒いところを覗かせたり、絶対にないだろうと、絶対にできないと油断しているとしれっと隠し事をしていたりするのは人間未満のくせに生意気だ。
 ああだこうだと近藤のことを上げ連ねる銀時に、沖田は「そりゃぁねェ」といつもの無表情で投げやりに言い、土方は「……」といつもの仏頂面をますます酷くし黙して語らず、山崎は「たいへんですねェ」と鍋の中の灰汁(アク)を必死に取り続け、「そ、そうですか」と新八はやや目を逸らしがちに言った。
 微妙にそらされた視線や相槌、何故賛同を得られないのかと不満そうな顔をする銀時。
 沖田は、はにかむ色を残してむくれる銀時に上目でにやりと笑った。
 
『尻尾でもついてりゃ、まるわかりになんじゃねーすか』
 
 ホントになっ!沖田クンの言うとおりだわっ!!
 今、銀時はだるく重い体を床に伸ばして、心底同意している。
 しかしその沖田に、彼の部屋(自宅)の合い鍵を前にもらっていて持っていると、けろりと銀時が口を滑らしたことで、今は背後でシュンと正座している近藤が嫉妬にぶっちぎれてこの状況を招いたのだ。

 さて、実はここで問題が発生している。
 この合い鍵に意味はあるのか、ないのか?
 近藤の嫉妬は的外れなのか、そうでないのか?
 銀時はまるきり気にしていないが、寝転がる彼の背中を見つめる近藤の疑惑は悶々と深まるばかりである。


 end.
 

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