BOOK(企画)
□皮を被った女
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ガタンゴトン、ガタンゴトン――――……
『――まもなく浮世絵町、浮世絵。お降りの際は、お忘れ物のございませんよう……』
夕方の帰宅ラッシュ時。
客を乗せて重くなった電車が、ホームに滑り込む。
開いたドアに降りる者が移動し、車体が揺れる。
同じく降りたい夏実は、何かにつまづいてバランスをくずした。
たぶん、誰かの足が何かだろう。
しかし、転ぶ訳にはいかないので、軽くジャンプするように電車を降りた。
ホームに着地して、たたらを踏む。
「…とと」
「夏実、大丈夫?」
隣にいた巻が声をかけた。
「うん、ありがと」
並んで階段を登っていく少女たちを、後から電車を降りた一人の女が見ている。
女はなまめかしい舌で、真っ赤な唇をぺろりと舐めた。
「いいの見ーつけたっ♪」
巻と別れて、家に向かっていた夏実は、くるりと振り返った。
そこには誰もいない。
夏実は首を傾げた。
誰かにつけられているような気がするのだ。
ためしに、数歩歩いてゆっくり振り返ってみても、誰もいない。
また歩いて、素早く振り返ってみても、やはり同じ。
けれど、確かに気配はする。
こういう時は、決まって良いことが起こらない。
「早く帰ろう…」
歩くスピードを速めようとした、その時。
ヒュッ
耳のすぐそばで、風の唸りがした。
キィンッ!
続いて、鋭いもの同士がぶつかったような、甲高い音。
「きゃっ」
夏実は思わず耳を押さえた。
一緒に瞑ってしまった目をそろそろと開けると。
「え、笠のお坊さん?」
法衣をまとった、見慣れた背中が目の前にあった。
「あぁ。間に合ったようだな」
「え?間に合ったって?」
夏実に微笑を向けた黒田坊は、すっと表情を引き締めて前方に向いた。
「何者だ」
黒田坊の低い声に夏実も体を強ばらせて、彼の横から覗く。
どんな恐ろしいものがいるのか、と思いきや。
そこにいたのは、ややたれ目で長い髪の――。
「…女の人?」
たおやかな風貌の、綺麗な女性だった。
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