BOOK(企画)

□君がいるなら
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障子に軽く寄り掛かり、鯉伴は煙を細く長くくゆらせた。

考えるのは、とある事情で知り合った、若菜という高校生のこと。

鯉伴は若菜に、一つの提案があった。

それは、若菜の一生をこの腕で縛りつけてしまう、一種の契約。

まだ誰にも、側近達にすら話していない。

若菜に惹かれる己を自覚してから、鯉伴は幾度も自問した。

かつて、己の不甲斐なさゆえに、大切なひとを失ってしまった。

そんな自分が、また女を好きになっていいのか。

若菜を、自分に関わらせていいのか。

答えは出ない。

それでも鯉伴は、若菜を愛しいと思う。

「りーはんさんっ」

不意に、頭上から声が降ってきた。

と思ったら、両頬をぐにっと引っ張られて、鯉伴は我に返った。

「……若菜」

「あっ、鯉伴さんが笑った笑った!」

若菜は悪戯っ子のように、きゃっきゃとはしゃいでいる。

もちろん、鯉伴の頬を掴んだままで。

どうやら若菜は、鯉伴の頬を横に伸ばして笑顔の形にするのが、お気に入りらしい。

本当に頬の肉が伸びてはかなわないので、鯉伴は煙管を置いて、若菜の手を剥がした。

「鯉伴さん、もったいないわ」

若菜は脈絡なくそんなことを言った。

「何がだ?」

すると若菜は、だって、と笑顔を作った。

「鯉伴さん、せっかく素敵なんだもの。笑わなきゃ!」

鯉伴は瞬いた。

「素敵?オレが?」

「そう!」

面と向かって素敵と言って、屈託なく笑ってみせる。

それがどれほど難しいことか。

それを若菜は、いとも簡単にやってのけた。

――若菜なら、大丈夫。

鯉伴はそう思った。

掴んだままだった若菜の手を、鯉伴は優しく引き寄せた。

細い体は膝にすっぽりおさまる。

「若菜。一つ、提案があるんだがな」

若菜は笑顔のまま、きょとんと首を傾げる。

躊躇うのは、悲しみたくないから。

また失うのが怖いから。

けれど、己を包んで笑ってくれる存在があるなら、きっと自分は笑える。

答えは若菜がくれた。

「オレの嫁にならないかい?」



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