BOOK(企画)
□見送る背
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厳粛な両開きの門扉の傍らに据えられた松明が、煌々と燃えている。
闇の中で浮かび上がるそれは、ここに建物があると示しながらも、無遠慮に近付く者を焼く、門番のようでもあった。
普段から緊張感漂うのが、屈指の武闘派である牛鬼組のこの屋敷。
この時はいつにも増して、殺伐とした空気に包まれていた。
屋敷の奥まった一室。
蝋燭の灯のみを頼りに、二代目の頭目となった牛頭丸は、刀の研ぎ具合を確かめていた。
それを堅い表情で見つめるのは、彼の伴侶である氷麗だ。
「……いよいよ、行くのね」
「あぁ。アイツらも、そろそろ来るだろうからな」
牛頭丸が不躾に“アイツ”と呼ぶのは、総大将たるリクオのことだ。
本家から出入りの通達が届いたのは、今朝のこと。
此度の出入り先は、牛鬼組より西にあるという。
日暮れと共に奴良組が出立し、一度牛鬼組に寄って、合流する手筈になっている。
彼の手にする刀の刃に、蝋燭の炎が映る。
その鈍く冷たい輝きに、氷麗は背中を汗が滑り落ちるのを感じた。
ごくりと唾を飲む。
「私も行くわ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
凄んだ氷麗に、牛頭丸はぴしゃりと言い放った。
「そんな体で出せる訳がねぇし、出て行ったって、何もできねぇだろうが」
叱咤された氷麗は俯いて、膨らみ始めた己の腹に手を乗せた。
今、何があろうとも大事にしなければならないのは、この体なのだ。
氷麗は唇を噛んだ。
刀の検分を終えた牛頭丸が、それを左手に持ち、立ち上がる。
氷麗の前に膝をつき、顎に指をかけて、ぐっと上げさせた。
「シケた顔してんじゃねぇよ」
氷麗はとっさに顔を背けようとしたが、それはならなかった。
彼の熱い唇を押し付けられた。
重ねるだけの口付けは、すぐに終わった。
「夜明けには片がつく。お前は大人しく、凍った飯でも作って待ってろよ」
氷麗が何か言う前に、牛頭丸はさっと立ち上がる。
そろそろ時間だ。
障子を開けると、外は闇だ。
戦いに赴く伴侶を見送りながら、氷麗は考えずにはいられなかった。
ただ帰りを待つだけと言うのが、こんなにも歯痒いものなのか――と。
後ろ手で障子を閉める瞬間の背中が、氷麗には遠く見えた。
《後書き→》