BOOK(企画)

□雨ふる春の日に
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朝、空がぐずっていた。

と思ったら、昼前に泣きだした。

きっと、きれいな桜とお別れするのが寂しいのだろう。

泣いている空をはげますようなピンクのレインコートを着て、夏実は病院のうらにいた。

沈んだ気持ちが幼い心を満たしていた。

真っ赤な傘をくるくる回して、おそろいのレインブーツで、水溜まりの水をはねさせる。

ずぶ、と足が泥にうまる。

抜け出そうとしたらブーツだけ脱げて、顔からつっこんだ。

「うぅ〜」

うなるけれど、夏実は泣かない。

ふいに目の前が暗くなった。

「――転んでも泣かぬとは、強い娘だ」

男のひとの声がした。

そこに、大きな手があらわれる。

「う?」

頭を上げれば、とても遠いところに顔があった。

おまけに、男のひとの後ろで太陽がかくれんぼをやめたのか、夏実にはよく見えない。

わかるのは、真っ黒な着物を着ていることと、しゃがんでいることだけ。

男のひとは夏実を立たせてくれて、自分につかまらせると、レインブーツをはかせてくれた。

「おにいさん、ありがとう!」

男のひとは、くす、と笑った。

大きな手で夏実のほほを包んで、泥をとる。

男のひとの手はごつごつしていて、あたたかくて、優しい。

「こんな所で、どうした?」

「かみさまにおねがいしにいくの!」

「神様?」

夏実は首をたてに動かした。

そばの白い建物に大好きな祖母がいる。

「おばあちゃんね、かぜをこじらせちゃったって、びょういんににゅういんしちゃったの…。それで、おばあちゃんをなおしてくださいって、せんばさまにおいのりするの」

「そうか。“せんばさま”と言うのは凄いのだな」

「うん。びょうきをなおしてくれるかみさまなんだって」

夏実は男のひとの後ろを指さした。

男のひとも一緒に振り返る。

「そこのちいさなおやしろにすんでるって、おばあちゃんにおしえてもらったの」

男のひとは、夏実の頭に手を乗せて、ゆっくりなでた。

「お嬢さんは、お祖母さんが好きなのだな」

「うんっ!」

心がぽかぽかしている。

自分の好きなものを誰かに知ってもらえるのは、嬉しい。

「それなら早く願いをかけに行かねば。“せんばさま”も言わねばわからぬぞ?」

「あ、そうだった!」

男のひとは夏実の赤い傘を拾って、閉じた。

もう傘はささなくていい。

「ありがとう!かさのおにいさん!」

夏実は男のひとに手をふって、かけ出した。

神様に伝えることが、もう一つ――。



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