BOOK(企画)

□願う心、叶わぬ距離
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人の世が静まった頃、闇は動き出す。

妖怪極道が総本山、奴良組に高揚した緊迫感が漂う。

ある者は仲間を鼓舞し、またある者はひたすら瞑想に浸る。

それらを縁側からざっと眺め、齢十八のリクオは口角を上げた。

「てめーら!」

鶴の一声に、ざわめきたっていた妖達が一気に静まる。

「久々の出入りだ。浮き足立ってんのか?」

誰かがごくり、と唾を飲んだ。

「奴良組の妖怪なら、誰一人として情けない姿曝すんじゃねぇぞ。初春の夜明けに、見事勝鬨を挙げようじゃねぇか」

瞬間、雄叫びが轟いた。

耳をつんざくような、屋敷を震わす程の声、声、声…。

「――くん…!」

すぐ傍で話すこともままならないのに、その声は確かにリクオの耳に届いた。

「リクオ君っ!!」

「カナ!?」

リクオは妖とは契れない身。

よって跡継ぎの為に、ぬらりひょんの血が薄くなる事を代償に人間の嫁を迎えると決まった。

かねてよりの幼馴染みに白羽の矢が立つのは当然と言えば当然で、本人達にとって願ってもない事だった。

その許婚の彼女が廊下を走り抜け、そのままリクオの胸に飛び込んで来た。

「カナ!奥の部屋にいろって言ったのに…」

「やだ!やっぱり私も行く!私、リクオ君の側にいたい…!」

必死に言い募るカナ。

しかしリクオはその肩を掴んで、ひたと見据える。

「言っただろ?妖怪の喧嘩に、カナは連れて行けない。危険なんだ」

「じゃあ及川さんは…?及川さんだって女の子じゃない…!」

カナには分かっていた。

「あれは、オレの側近だから」

彼女は妖怪、自分は人間。

何の力もない自分がいても、確実に足手纏いになるだけ。

「リクオ君…っ」

それでも、彼に何かあった時、一番に駆けつけるのが己でなく彼女だと言う事が、どうしようもなくカナの心を締め付けていた。


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