BOOK(企画2)
□風車
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どん、どん、ぽぽん。
太鼓が強弱をつけて打ち鳴らされ。
ひょるん、ひょろろろ。
笛が軽快な旋律を奏でる。
江戸の祭りは、有り体に言えばかしましい。
屋台から漂う食欲をそそる匂いは、あちこちで混じって何が何やらわからないし、人々の声が重なり合い、更に誰も彼もが声を張り上げるものだから、隣の者と会話も出来ない始末。
それでも民たちは食い、飲み、全身で歓びを表現するのだ。
人々の大仰になる身振り手振りをかわして、雪麗はするすると歩を進める。
「相変わらずの賑やかさには、呆れるわ」
雪麗は目をすがめて、出店の一つに視線をくれる。
小間物が並ぶそこでは、主人が若い娘を連れた男に、必死に品を勧めている。
「そうは言いつつ、店を一つ一つ覗いているではないか」
とは、特に伴って来た訳でもないのに隣にいる、牛鬼だ。
「鯉伴のお土産を見てるのよ。私が何か欲しいとかじゃないわ」
つかまり立ちが出来るようになったばかりの幼子は、母と留守番している。
「……ん?」
雪麗がふと目を留めたのは、風車。
いくつも並んだそれは、風を捉えてくるくる回っている。
その内の一つを無造作に選んで、ちょんとつついてみる。
店の者に示して、銭を渡し、そこから離れた。
「もういいのか?」
牛鬼が背後から、抑揚に乏しい声をかけてくる。
「えぇ。お土産は出来たもの。ま、ついでだし土産話でもあればいいけど」
何かないかと、ぐるりと首を巡らせた、その視界に。
「雪麗」
赤い物体が飛び込んできた。
雪麗は眉を寄せる。
それは紅のごとく鮮やかな、風車だ。
彼も先程の所で購っていたらしい。
「これを、お前に」
「はァ?どうしてよ」
「色だ」
彼は言う。
他のどの色よりも見る者の目を奪い、また離さない、どこにあろうとも艶やかな色。
その赤が雪麗によく似合う、と。
「なっ、なっ……」
彼はただ、風車の色を賛辞しただけなのに、まるで己の事を言われたような錯覚がして。
雪麗は目の前にある風車を引ったくった。
「ま、まぁ、くれると言うなら、貰っておくわ」
ぱっと顔を背けて、早足に歩き出す。
戸惑ってしまう。
こんな子供っぽい物なのに。
牛鬼は隣には来ないが、一定の距離を保って着いて来ているらしい。
人々のざわめきはどこまでもまとわりついて来るのに、何処か遠く感じる。
牛鬼に見えないように、雪麗は風車を、ふう、と吹いてみる。
赤い羽根が、からからと回った。
《後書き→》