BOOK(企画2)

□風車
1ページ/2ページ


どん、どん、ぽぽん。

太鼓が強弱をつけて打ち鳴らされ。

ひょるん、ひょろろろ。

笛が軽快な旋律を奏でる。

江戸の祭りは、有り体に言えばかしましい。

屋台から漂う食欲をそそる匂いは、あちこちで混じって何が何やらわからないし、人々の声が重なり合い、更に誰も彼もが声を張り上げるものだから、隣の者と会話も出来ない始末。

それでも民たちは食い、飲み、全身で歓びを表現するのだ。

人々の大仰になる身振り手振りをかわして、雪麗はするすると歩を進める。

「相変わらずの賑やかさには、呆れるわ」

雪麗は目をすがめて、出店の一つに視線をくれる。

小間物が並ぶそこでは、主人が若い娘を連れた男に、必死に品を勧めている。

「そうは言いつつ、店を一つ一つ覗いているではないか」

とは、特に伴って来た訳でもないのに隣にいる、牛鬼だ。

「鯉伴のお土産を見てるのよ。私が何か欲しいとかじゃないわ」

つかまり立ちが出来るようになったばかりの幼子は、母と留守番している。

「……ん?」

雪麗がふと目を留めたのは、風車。

いくつも並んだそれは、風を捉えてくるくる回っている。

その内の一つを無造作に選んで、ちょんとつついてみる。

店の者に示して、銭を渡し、そこから離れた。

「もういいのか?」

牛鬼が背後から、抑揚に乏しい声をかけてくる。

「えぇ。お土産は出来たもの。ま、ついでだし土産話でもあればいいけど」

何かないかと、ぐるりと首を巡らせた、その視界に。

「雪麗」

赤い物体が飛び込んできた。

雪麗は眉を寄せる。

それは紅のごとく鮮やかな、風車だ。

彼も先程の所で購っていたらしい。

「これを、お前に」

「はァ?どうしてよ」

「色だ」

彼は言う。

他のどの色よりも見る者の目を奪い、また離さない、どこにあろうとも艶やかな色。

その赤が雪麗によく似合う、と。

「なっ、なっ……」

彼はただ、風車の色を賛辞しただけなのに、まるで己の事を言われたような錯覚がして。

雪麗は目の前にある風車を引ったくった。

「ま、まぁ、くれると言うなら、貰っておくわ」

ぱっと顔を背けて、早足に歩き出す。

戸惑ってしまう。

こんな子供っぽい物なのに。

牛鬼は隣には来ないが、一定の距離を保って着いて来ているらしい。

人々のざわめきはどこまでもまとわりついて来るのに、何処か遠く感じる。

牛鬼に見えないように、雪麗は風車を、ふう、と吹いてみる。

赤い羽根が、からからと回った。



《後書き→》
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ