BOOK(企画2)

□茜空の彼方
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ざざ……

波が、砂を掻いてせり寄る。

指先に触れるか否かのところで、それは引き返した。

ざざ……

また音を立てて、波は寄る。

カナは一歩、踏み出す。

すると、素肌に波がぶつかって、跳ねた。

細い足も、それを洗う波も、砂浜も。

全てが茜色に染まっていた。

潮を含んだ特異の風が、夏の熱さに参った体を労ってくれる。

もっと風を感じたくて、カナは目を瞑り、軽く腕を広げた。

「カナちゃん」

優しげな呼び掛けに、カナは目を開ける。

そちらを見れば、大好きな幼なじみが微笑んで――彼もまた、茜色に浸っている。

「カナちゃん、見てごらん」

そう、リクオが指差す先は。

目前に広がる海の、更に向こう。

紅く朱く燃え盛る太陽が、海に同じ色を映して、その彼方に隠れんとしていた。

雲は細く横に伸び、太陽の供をせんとする従者のよう。

「はぁ……」

カナの口から、驚きとも溜め息ともつかない声が洩れた。

無意識だ。

それほどに、この落日は。

「綺麗だね……」

「ん……」

高揚した声音で呟くリクオに、カナは曖昧に返すしかできない。

不意に、ほろり、と。

一滴の雫が、カナの頬を伝った。

「あ、あれ?」

悲しくも、苦しくもないのに。

リクオが横から覗き込んで、涙を拭ってくれる。

その手が下りて、カナの手をきゅっと握った。

目尻から零れるものに戸惑いながら、カナは幼なじみを見つめる。

「大丈夫だよ」

彼は目を細めて、何も心配はいらない、と言う。

カナはこくりと頷く。

今、この瞬間の情景が滲んでしまうのが勿体なく思えて、目元を拭いた。

海も、空も、どこまでも紅い。

自分の存在が丸ごと覆われてしまうと錯覚する程、雄大で幽玄。

カナはリクオの手を握り返す。

人は、心を強く震わされた時にも涙を流すのだと、この時知った。

繰り返す波が、爪先をくすぐる――。



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