BOOK(企画2)

□君だから
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蝉の、これ以上ない愛の叫びは、どこにいたってまとわりつく。

それなのに、線香の煙と薫りが漂う墓前では、遠くから聞こえてくる気がする。

奴良組二代目総大将の墓石に向かって、息子たる三代目とその幼なじみの少女が、手を合わせていた。

一帯は犯しがたい気配に満たされていた。

鼻の奥につく薫りは心を落ち着かせ、周囲とは切り離されたかのようだ。

カナは瞼を閉じて拝みつつ、いいのかな、という思いを拭えずにいた。

幼なじみ兼恋人の父の、墓参り。

それだけならなんてことないが、何しろ相手は、かつての妖怪の主なのだ。

とにかく失礼にあたらないよう、カナは必死で拝んでいた。

「……伝えたいことが、あるんだ」

ふいに声をかけられて、カナは目を開けて、顔を横向ける。

けれども隣のリクオは、カナではなく、前を見据えていた。

視線をずらさず、何かを秘めたような表情で。

カナには分かってしまった。

彼が話しかけているのは自分ではなく、父親なのだと。

「父さん」

リクオは墓石に呼びかけて、一旦切り――息を吸った。

「大切な人が、できたんだ。何よりも大切で、他の誰かに任せるんじゃなくて、僕自身の手で守りたいと思う」

彼は続ける。

「父さんやじいちゃんと同じように、僕も人間の女の人を選んだ」

どくん、と、カナの心臓が強く音を立てる。

頭の片隅で考えていたこと。

彼が自分を選んでくれたのは、ただ“人間の存在”が近くに必要だったからではないのか。

しかし、そんなカナの靄に似た思考は、次のリクオの言葉で消え去った。

「だけど、そうじゃない。人間だろうがなんだろうが、僕はカナちゃんそのものに惹かれたんだ」

言葉の一つ一つ、音の一音一音に力を込めるように語るリクオに、カナの胸はぎゅうと掴まれる。

「いつだって僕を信じて、僕を待っていてくれる彼女と、僕は歩んでいきたい」

「リクオくん、私……。私なんかで、いいの……?」

膝頭に置いた手に、ぬくもりが触れた。

無意識に拳を握りしめていたらしい。

力をほぐそうとするように、彼の手がカナのそれを包んだ。

「カナちゃんだから、だよ」

その言葉は、迷いも躊躇いもなく真っ直ぐに、けれども決して強引さはない。

染み渡るように、カナの心に広がった。

「リクオくん……!」

カナは、熱くなった目頭をリクオの肩に押しつける。

頭頂部に、彼の優しい気配を感じた。



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