BOOK(企画2)

□誘い、誘われ
1ページ/2ページ


夏の日は、落ちるのが遅い。

夕餉を摂り、早めの湯を済ませても、辺りは仄明るかった。

湯上がり着を身に纏い、首無と毛娼妓は濡れ縁に腰かけていた。

涼を求めてのことなのだが、残念ながら、微かな風すらない。

じりじりと、暑気が肌にまとわりつくばかりだ。

「あつーい……」

毛娼妓が己の襟元を掴み、男性がよくやる仕草のように、ばさばさと扇ぐ。

その度に豊満な肉が揺れ、上気した艶かしい谷間が見え隠れする。

下手をしたら零れ出てしまうのではと焦る首無だが、さすがにそれはないようだ。

見せつけているのか――、そうに違いない。

視線を彼女の肌から剥がし、今思い出したふりを装って、首無は口を開いた。

「そう言えば、リクオ様たちは、縁日に出掛けたんだったか?」

「えぇ、浴衣を着てね。みんな、張り切って着付けられてたわよ」

若干日本語がおかしい気がするが、実際その通りだったのだ。

みんな、とは、リクオの学友たる清十字団のことだ。

リクオはともかく、和装に慣れていない彼らに着付けるには、若菜やつららだけでは手が足りず、毛娼妓も手伝った。

「それにしても、浴衣も変わったものねぇ」

「うん?」

苦笑していた首無は、その端正な面立ちを、胡乱なものに変えた。

「ほら。そもそも浴衣って、湯上がりに着る、一番楽な格好じゃない」

「まぁ、そうだな」

「それが、あの子達の着てたのは、可愛くてきらきらしてて。帯もしっかり締めちゃってさ」

彼ら――ことに少女たちは、動きが制限されるのがまどろっこしそうで。

それでも、夏ならではのお洒落を、目一杯楽しんでいるように見えた。

「お前は着ないのか?」

「ん?」

首無が戯れのように小首を傾げて、覗き込んでいる。

「今風の浴衣を?いいわよ、私は」

毛娼妓はツンと前を向く。

けれども、本当は毛娼妓だって、気になるのだ。

数多の男を惑わせる豪奢な衣装ではなく、たった一人のための、素朴な飾りが――。

「そうか?似合うと思うけどな」

毛娼妓は首無を見る。

優しい瞳が、再度問いかけてくる。

首無が――他でもない彼が、期待してくれるのなら。

「それじゃあ……」

毛娼妓は首無に少し寄り、体勢を崩した。

「私が今風な浴衣を着たら、縁日にでも誘ってくれるかしら?」

冗談めかして、上目遣いで問うてみる。

「あぁ。けれど……」

首無は毛娼妓の髪を一筋、掬った。

艶やかに波打つそれを、くるりと指に絡める。

「そんな目で見られたら、縁日より褥(しとね)に誘ってしまうかも知れないな」

夜の街に生きた毛娼妓には、その意味が分かりすぎた。

「……ばか」

行動に移すなら、この夏のうちがいい。



《後書き→》
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ