BOOK(企画2)
□誘い、誘われ
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夏の日は、落ちるのが遅い。
夕餉を摂り、早めの湯を済ませても、辺りは仄明るかった。
湯上がり着を身に纏い、首無と毛娼妓は濡れ縁に腰かけていた。
涼を求めてのことなのだが、残念ながら、微かな風すらない。
じりじりと、暑気が肌にまとわりつくばかりだ。
「あつーい……」
毛娼妓が己の襟元を掴み、男性がよくやる仕草のように、ばさばさと扇ぐ。
その度に豊満な肉が揺れ、上気した艶かしい谷間が見え隠れする。
下手をしたら零れ出てしまうのではと焦る首無だが、さすがにそれはないようだ。
見せつけているのか――、そうに違いない。
視線を彼女の肌から剥がし、今思い出したふりを装って、首無は口を開いた。
「そう言えば、リクオ様たちは、縁日に出掛けたんだったか?」
「えぇ、浴衣を着てね。みんな、張り切って着付けられてたわよ」
若干日本語がおかしい気がするが、実際その通りだったのだ。
みんな、とは、リクオの学友たる清十字団のことだ。
リクオはともかく、和装に慣れていない彼らに着付けるには、若菜やつららだけでは手が足りず、毛娼妓も手伝った。
「それにしても、浴衣も変わったものねぇ」
「うん?」
苦笑していた首無は、その端正な面立ちを、胡乱なものに変えた。
「ほら。そもそも浴衣って、湯上がりに着る、一番楽な格好じゃない」
「まぁ、そうだな」
「それが、あの子達の着てたのは、可愛くてきらきらしてて。帯もしっかり締めちゃってさ」
彼ら――ことに少女たちは、動きが制限されるのがまどろっこしそうで。
それでも、夏ならではのお洒落を、目一杯楽しんでいるように見えた。
「お前は着ないのか?」
「ん?」
首無が戯れのように小首を傾げて、覗き込んでいる。
「今風の浴衣を?いいわよ、私は」
毛娼妓はツンと前を向く。
けれども、本当は毛娼妓だって、気になるのだ。
数多の男を惑わせる豪奢な衣装ではなく、たった一人のための、素朴な飾りが――。
「そうか?似合うと思うけどな」
毛娼妓は首無を見る。
優しい瞳が、再度問いかけてくる。
首無が――他でもない彼が、期待してくれるのなら。
「それじゃあ……」
毛娼妓は首無に少し寄り、体勢を崩した。
「私が今風な浴衣を着たら、縁日にでも誘ってくれるかしら?」
冗談めかして、上目遣いで問うてみる。
「あぁ。けれど……」
首無は毛娼妓の髪を一筋、掬った。
艶やかに波打つそれを、くるりと指に絡める。
「そんな目で見られたら、縁日より褥(しとね)に誘ってしまうかも知れないな」
夜の街に生きた毛娼妓には、その意味が分かりすぎた。
「……ばか」
行動に移すなら、この夏のうちがいい。
《後書き→》