西浦流星群
□忘れました。
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全部、全部
忘れた。
もう二度と、
君を知る前の俺には戻れない。
「…なぁ、アンタって栄口勇人だろ?」
突然掛けられた声に、答えに詰まった。決して答えが判らない訳では無いのだけれど。
「そう…だけど?」
自分の声が強ばるのが分かる。恐らく俺は、目の前のコイツ…阿部隆也を警戒している。
同中だが、三年間で一度も同じクラスになった事がない。
況してや、喋った事など微塵もないこの男を、今俺は警戒している。
知らない奴では無い。むしろ気になってはいた。強いシニアにいる(しかも二年の時からレギュラーのキャッチャー)、野球野郎。阿部隆也。
「何か、用?」
待ってましたと言わんばかりに阿部の表情がぱっと明るくなる。
「栄口さ、もし良かったら野球部に入んねぇ?二人で野球部作ろうぜ!」
もし良かったらと言っているが、裏に“絶対に野球部にはいれよ”という意味が隠れているのが分かった。どうやら俺は第一のターゲットみたいだ。
「…嫌だって言ったら、阿部はどうするの?」
「嫌だなんて、言わせるつもりねぇよ?」
そう言った時の阿部の顔は勝ち誇った勝負師の表情をしていた。その顔に不覚にも、ときめいてしまった。
どうやら俺は今後、一生この罠から抜け出せないみたいだ。
だが不思議と心は晴れやかだった。
阿部と野球以外、全部忘れました。
君の笑顔は毒入りみたいです…
fin
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思いつきが恐ろしく酷い件
(100504)
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