単発
□drowsy♯寝顔
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陽も昇る前、セシリーは身体に巻き付く腕のせいで寝返りが出来ず、目を覚ます。
「ぅ…ん、アリア…」
腕から逃れようとしたところで気付く。
──…じゃない!?
目の前に見えた首筋は、どう見ても女性のそれでは無かった。
「……ル!」
思わず大きな声を出しそうになり、自らの口を塞ぐ。
腕の主は、僅かに身じろいだ後、さらにきつく抱き締めてきて、またすぐに寝息をたてた。
──…そ、そうだった…、
この状況を思い出すと同時に、完全に目が覚めてしまった。
それどころか、心臓の鼓動はいきなり最高潮。
──は、はぁ、おち、落ち着け私。
胸にとじこめられたまま、静かに深呼吸をする。
そうすると、炭の匂いが染み付いた彼の匂いが、心を落ち着かせた。
──…ルーク。
ルークなんだ。
そう思うと、泣き出してしまいそうなぐらい嬉しくて。
ルークが寝ているのをいいことに、おもいきり抱き締め返して、もっと、胸に顔を押し付けてみる。
──幸せだ。
しばらすると、息が苦しくなって、そっと腕をゆるめる。
横になったまま、彼の顔を覗く。
──ルークだ…。
今ここにこうしているのはルークなんだ、と確認するように、何度も心の内で名前を呼んだ。
──不思議な気分だ。
普段ならば、彼が好きだと思えば思う程その顔を見ることに臆するが、今ならそれこそ食い入るように見詰めていられる。
それに、『何ジロジロ見てんだよ』なんて言われたりしない。
──無防備、だな。
その寝顔は、いつもの仏頂面でも、意地悪な顔でも、怠惰な顔でも無い。
見たことも無い表情だった。
眠っているのだから当たり前だが。
ただ、こんな寝顔を見られるのは自分だけなんだ、と思い至ると、それこそ目が離せなくなってしまった。
──ずっと見ていたいな。
そっと、彼の黒髪を鋤いてみる。
思ったよりも柔らかくて、指通りがよかった。
普段なら気恥ずかしくて触ることなんて絶対に出来ないから、得をした気分だ。
というか、触らせてくれないだろう。
してやったり、という気分で自然に頬が弛んでしまった。
そうだ、今なら、と調子に乗り、またそっと頬に唇を付ける。
──ルークだ…。
馬鹿みたいに何度も確認する。
起こしてしまわないように、何度も──。
だが真面目なセシリーである。
もっとこうしていたいけれど、外はまだ暗いようだ。
新年の街の巡回に支障をきたすといけない。
それに、早朝になれば彼と剣技の修練が出来る。
欲張ってはいけない。
──名残惜しいけれどもう少し眠ろう。
思って、また少しだけ、小さな寝息をたてる顔を見てから、彼の背中に腕を回した。
眠っていながらも、抱き締め返してくれた。
「おやすみ」
小さく呟くと、背中を撫でてくれた。
寝惚けているのか、無意識のうちにそうしてくれることに安堵する。
──ああ、幸せすぎるよ。
暖かな体温と、匂いを噛み締めるように、瞼を閉じた。
──おやすみ、私のルーク。
最後の最後まで、調子に乗ってみた。
終。