□smorker♯発
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「いらっしゃいませ!…あら、今日は御一人様?」


贔屓にしている店に入ると、ここの女主人がルークを迎える。
軽く会釈をし、入口から真っ直ぐ伸びるカウンターの、一番奥へ。


そうやっていつもの席に座ると、程無くしていつもの酒を出される。

そして、いつものように奥から出てきたシズカが紙煙草を巻いて、いらっしゃいませ、と火を灯してくれる。

煙を深く吸い込み、溜め息と共に吐き出す。
ぐっと酒を煽ると、張り詰めていた何かが解れ、ようやく落ち着いたのだった。


「この間一緒に来ていた自衛騎士団の女の子、ルークの恋人なの?」

リサはともかく、アリアも居たというのに女騎士を限定してきたシズカを、
右の眉を少し上げ、見遣る。
「ふふ。なによそのどうとでも取れる反応は。なんとなく、よ。可愛らしい女騎士さんじゃない。」


右目に力を入れながら、鼻から息を漏らしてやる。

「あの後大丈夫だった?」

「…大丈夫って何が。」

「ふふ。やっと喋った。ルーク、いらっしゃいませ!何か肴出そうか。」

「…ああ、頼む。」


この店では少しお喋りな従業員がいるが、それでも言葉数が少なくても事足りるので落ち着いて居られる。



それきり、奥に引っ込んだシズカも、
カウンターの中で細長い煙管の灰を落としながら他の客と話している女主人も、
テーブル席で酔っ払いの相手をしているもう一人の女従業員も、
話かけてくることは無い。


リサの言うように最近また頻繁にここへ来ている。


──残り少ない時間、どう自分を保つか、
それを考えてしまうよりも、
無心になったときに、天恵のように何かが閃くのを待つ時間が少しはあってもいいと思っている。



繁盛している酒場にも関わらず凛とするような空気、異国を思わせる装飾品のどこか圧迫させられるような存在感。
落ち着くのか、落ち着かないのか、相反する不思議な印象。


ただそれに、身を委ねるように。

一人、黙々と呑むのが心地良い。

煙草の煙と、浮遊感を愉しむ。






考えも考え無しに呆けていると、
シズカが「お待たせ、」と干した魚の炙ったのをカウンターの向こうから出す。
「ああ。」
短く答えてやる。


「そういえばあの娘、結婚したんだよ。」

唐突に出されたシズカの言葉に、記憶の波がやってくる。


「…そうか。」


「うん。ま、歳も歳だったし、ね。」




──三年間ずっと、心にいるのは一人の女だった。
胸の内の色んな感情と共に共存させていた。
それであって、全て投げ遣りで、何もかも本気では無かった。


今、そう言ってしまうと言い訳や後付けにしかならないのだが。



自分の身体をも投げ遣りに、本能のままに、関係を持った女が居た。
欲望という名の感情だけで、幾度も。
ただ飲み屋の女とその客、それ以上でもなくそれ以下でも無く。


情念。復讐。義務。焦燥。
…虚無。


全て、ぶつけるように。
忘れるように。


歳の差はあれど、憎からず想われて居たことは分かってはいた。



「は。」
思わず、自嘲的な溜め息が漏れる。

「あの娘、幸せそうだったよ。…あ、冷めないうちに食べてくださいね。では、ごゆるりと。」


シズカは、ルークの表情を見て長話は無用、とばかりに早々に打ち切り、丁寧に断って行く。

表情の真意が判らずとも、これ以上ルークは話さない、という判断だろう。
さすが心得ている。




─しかし俺は鬼畜だったな。

人知れず表情を歪める。


この歳、もっと云うと、男である自分が自分で生計を建てている身に、
貞を守らなかったことを例えば他人に咎められるいわれは無いと思っているし、
薄情では有るが、相手との関係も今では綺麗に過去の物となっていて、
それその行為に後悔の念だとか懺悔じみたことを感じる訳ではない。


ただ、
自分は一人前だ、と今思えば幼稚極まりなかった過去の自分の至らなさ、虚勢。
何も掴めて居なかった。
否、掴もうとして居なかった。

それに情けなさを覚える。



それと同時に、そう振り返る自分は、少しは成長したのだな、とも思える。


─『いま』守りたいものが、出来たから。


俺はやれる。
迷い等無い。




無意識に肩に力が入っていたと気付き、
再度、煙草を飲み、酒を煽る。

ゆっくり息を吐きながら背をもたれる。




そして、唐突に。

それこそ、天恵のように。

何故か。


酒のせいではない、胸の焼けるようなひとつの鼓動と共に、





赤い瞳の女が脳裏に浮かぶ。



「っつ!」

知らないうちに煙草の火が指の間まで登ってきていて、慌てて消す。






…飲み過ぎた、か。

「はぁ。」


手で覆った顔が熱い。








「畜生。」
小さく呟く。










いま、会いてえ。










終。

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