幸福論


□autumn2
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いよいよ、新学期が始まる。

とうとうこの日が来てしまった。

正直、怖いくてたまらないのだ。

皆、私をどう思ったのだろう。

茜や悠、生徒会役員やテニス部みたいに受け入れてくれる人もいるかもしれないけれど、そうじゃない人の方が圧倒的に多いだろう。

江口さんに言った言葉も、本当はただの強がり。

全員に理解してもらおうとは思わない。

だけど、嫌われることは怖い。

「鈴蘭、おっはよー」

「校門前で何してんのよ」

「茜、悠、おはよう。……ちょっと深呼吸をね」

「なーにネガティブになってんのよ。うちらがいるじゃん」

「そうそう!テニス部も生徒会役員もいるんだから」

私は1人じゃない。

私を理解してくれる人たちが少しでもいてくれるから大丈夫。

「ありがとう、2人とも」

「お安い御用!じゃ、朝練行くから」

「え、もうこんな時間じゃん!鈴蘭、お弁当一緒に食べようねー」

「うん、行ってらっしゃい」

2人を見送って、私も一歩踏み出した。

…うん、大丈夫。






















「おはよー」

「髪染めたー?」

「夏休みの課題写させて〜」

現在教室の前。

大丈夫と言ったくせに、やはり私はビビリだ。

そしてチキンだ。

この意気地なし。

「会長?入んねえの?」

「…入ります」

生徒会室から一緒に歩いてきた村澤君の言葉がきっかけで、恐る恐る教室へ足を踏み入れる。

雑音が一気に消え去り、クラス中の視線が私に集まる。

「えっと……お、おはよう」

気まずくなって咄嗟に出たのはいつも通りの挨拶。

……やっぱり開口一番謝っておくべきだっただろうか。

「……おい、反応してやれよ」

見かねた村澤君が私の後ろから顔を出すと、教室内の雰囲気が変わる。

反応が怖くて俯くと、

「「「「「会長ーーー!!!」」」」」

と、クラスメイトの声と、それが駆け寄ってくる足音。

「まじお前すげーよ!俺テニス始めようかと思ったー」

「やっぱりこの美貌は跡部景吾様譲りだったのね!ほんっと羨ましい!」

「つーか苗字どうすんの?綾里って呼べばいいの?あ、跡部?」

「どーせ会長だろ。変わんねえじゃん」

「あ、そっか」

あ、あれ…怒ってないの?

なんだか歓迎されてる?

少なくとも嫌な感じはしない。

「何その顔?あ、俺等に嫌味でも言われると思った?」

「あ、…ごめん、正直」

「あんなーこれでも半年一緒に過ごしてきたクラスメイトだろ?お前の頑張りなんて皆知ってんだよ」

………………っ!

嬉しくて泣きそうだ。

そんな私を村澤君が笑う。

そして席に着いていた幸村君と悠も。

「おはよう、綾里さん」

「鈴遅いー」

「…おはよう」

赤くなった顔と少し滲んだ涙を隠すように席に着いた。







そして昼休み。

一躍有名人になった私を一目見ようと、色んな学年の生徒がクラスに来ていた。

頑張ったね、とか、応援してる、とかそういう嬉しい声も貰ったけど、はやり圧倒的に中傷する声の方が大きかった。

「調子乗ってんじゃねえよ」

「どうせ金で教師も学校も買ったんだろ?」

「テニス部も?」

「アハハッ!それでハーレム気取り?ちょーウケる」

好き勝手言ってくれるものだ。

いくら覚悟していたとはいえ、正直堪える。

「おいてめーら!勝手な事言ってんじゃねえよ」

そんな中傷の声に、クラスメイトが反論してくれた。

ああ、また泣きそう。

「いいよ、自業自得だから。皆、ありがとうね」

「でも…!」

「悲劇のヒロイン気取り〜?このクラスも金で買ったんですか〜?」

「アハハっ!」

私のことは何を言われても我慢できるが、クラスメイトや友達を悪く言われるのは腹が立つ。

少し言い返そうと席を立とうとした時だった。

――ダンッ!!!

「あ、やだあ〜!机壊れちゃったー」

大きな破壊音と声のした方を見ると、悠が自分の机を蹴り上げて、机は無惨にも真っ二つ。

………うそだろ。

「鈴、ごめん。新しい机取りに行きたいんだけど、ついでに申請もお願い出来る?」

「……あ、うん」

シンと静まり返ったギャラリーから私を遠ざけるように、悠が腕を引っ張って進んでいく。

「悠、ありがとう」

「べつに。煩かっただけだし」

「私、昼休みは生徒会室に行くことにするよ」

「は?何で?」

「私がいるとクラスの皆に迷惑も掛かるし」

「関係ないじゃん。あいつ等だって怒ってるよ」

「うん、それは嬉しいよ、本当に。でも今度選挙もあるし仕事も溜まってるから」

選挙を控えている為に、片付けておく仕事が多いのは嘘ではない。

だけどそれよりもクラスの皆に迷惑は掛けたくない。

勿論、悠や茜、レギュラーにも。

この騒ぎが治まるまでは少しだけ距離をとれば良い。

それが今の私に出来ることだ。


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