幸福論


□summer2
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「「夏休み、だーーー!!」」

「お前ら、去年もそれやってたよな」

「フフ、じゃあ来年も同じかな。芸がないって思われないといいね」

何故か私のクラスに集結したテニス部レギュラーに囲まれ、茜と丸井君の賑やかな声で今年も夏を迎えた。

去年の夏はバイト三昧だ、なんて浮かれていたけれど、今年はテニス三昧になるだろう。

マスターの復帰で営業再開したコーヒーショップにも休職願いを出している。

アメリカへの短期留学ということになっているが、マスターには私の素性は伝えてあるので恐らく気付いているだろう。

「鈴蘭!今年の予定はー?」

「……そうだな、悔いを残さないことかな」

「…何それ〜!?」

テニス部の皆にも生徒会の皆にも、立海以外の知り合いにも誰にも戻ることを告げていない。

驚かれると思うけど、それでも私は後悔はしない。

きっとテニス界に戻れば私はまた注目されるだろう。

行方不明だった跡部の令嬢、そして天才テニスプレイヤーとして。

以前の私がそうだったように、きっと重圧が苦しく感じることもあるだろう。

それでもあの場に戻ろうと思えたのは、向き合おうと思えたのは、“テニスが好き”、それに限る。

大事なのは周りがどう評価するのかでなく、自分がどう思うか。

自分が心から楽しむこと、その大切さを思い出したから。

それを思い出させてくれた真田君が、こちらを見て満足げに頷く。

後で真田君には告げようと思う。

言わなくても分かっていてくれると思うけど、景気づけに宣戦布告でもして。


















その日の夜、久し振りに実家に戻った。

ビルやバイト先にはアメリカ行きを話していたが、肝心の家族にはまだ話していなかった。

正直、今まで散々迷惑を掛けたこともあって言い出しにくかったのだ。

家族揃った夕食で思い切って切り出してみる。

「……夏休みの間、アメリカに行こうと思ってる」

「あら、いいじゃない。春休みはとんぼ返りだったんでしょう?今度はゆっくりしてくるといいわ」

「そうしなさい。いつも忙しくしているそうじゃないか。たまには羽を伸ばすといい」

「……あの、違うの。ただアメリカに行くんじゃなくて、テニスがしたくて」

皆の箸が止まる。

その反応を見ていられなくて、畳み掛けるように次の言葉を紡ぐ。

「自分でテニスをやりたいって言ったのに、逃げ出して、たくさん迷惑掛けて、守ってもらって、本当に皆には申し訳ないって思ってる。我がまま言ってるって分かってるけど、テニスが好きなの。戻りたいの」

鋭い視線に不安になるけれど、やっぱり家族には応援して欲しい。

「立海で王者と呼ばれる人たちを見て、初めて親友とも呼べる友達が出来て。正体を明かしても喜んでくれる人がいて。………もう、逃げたままでいたくないの」

逃げたままでいるのも、皆に隠したままでいるのももうイヤだ。

私が一番私らしく在れる場所がコートなら、そこにいる私の姿を知っていて欲しい。

「……ごめんなさい」

本当に親不孝な娘でごめんなさい。

出来の悪い妹でごめんなさい。

謝り出したらキリがないし、見放されたって呆れられたって仕方ない。

頭を下げた状態のままでいると、景吾の優しい声色が響く。

「フン、遅えんだよ」

言葉とは裏腹の優しい声。

思わず顔を上げると、苦笑している景吾の姿。

母も父も、同じ様に笑っていた。

「分かっていたわ。鈴蘭はきっと戻りたがるってね」

「だけどお前のことだから俺達に遠慮して言い出さないのかもしれないと思っていてね。だから今日、ちゃんと聞けて嬉しいよ」

「お父さん、お母さん……」

「休憩だってビルも言ってただろうが。お前が戻りたがるのなんて誰でも分かるんだよ」

「……じゃあ、戻ってもいいの?」

「お前にはこれが反対してるように見えんのかよ」

「見えないけど…。でもたくさん迷惑かけたし、こんなにあっさり許可が出るとは思わなくて」

「馬鹿だね。俺達はお前に頼られることを迷惑だと思ったことがないんだよ。嬉しくて仕方がないんだ」

「それに鈴蘭がわがままを言っているんじゃないわ。過保護な父と兄が勝手に動いているだけなのよ」

「それは心外だな。過保護はお前もだろう」

「そうよ?それは認めるわ。と、いうことで鈴蘭!私達のことは気にしなくていいの!思う存分楽しんできて」

「……ありがとう」

「フン、泣いてんじゃねえよ………親父」

「百合子に良いところを全部持っていかれたんだ。少しくらいいいじゃないか」

「……お父さんもありがとうね」

「いいんだ鈴蘭、俺のことは気にするな。…クッ……娘に気を遣われてしまうとは…!」

「駄目親父の典型だな」

「息子よ、お前はもっと気を遣え。お前の言葉は鋭いナイフのようだ」

「アーン?」


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