幸福論


□summer!
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「鈴蘭ちゃん、こっちだよ」

さて、今日はいよいよバイト初日。

家から15分程度歩いた所にある、コーヒーショップ・コモリ。

店自体の規模はあまり大きくないが、喫茶店と豆の販売店が併設された店だ。

「ここで制服に着替えて、ホールに出て来てくれるかい?」

「はい」

マスターに渡されたのは、白のシャツに黒のエプロンと黒のパンツ。

シンプルだけど、シックでオシャレな制服は落ち着いた店内の様子に良く合っている。

早速着替え始めると突然、更衣室のドアが開いた。

「っ!」

が。

「あ!悪ぃ!」

すぐに扉は閉められた。

暫くフリーズしていたが、もしかして更衣室を使うのかもしれないと急いで着替える。

「見たわよー隼人!何やってんのよ、変態」

「わりぃって!遅刻だと思って急いでて確認しなかったんだよ!」

「今日から新人さんが来るって言ってたじゃない!馬鹿隼人」

「どなるなよ。悪かったって」

「それは新人さんに言いなさいって」

どうやら扉の向こうでは、男女が言い合いをしているようだった。

それを聞いていたたまれない気持ちになる。

開けてしまった男性が全面的に悪いわけではない。

私が鍵を掛け忘れたのが悪かった。

出て行って謝るべきだろうが、初めて着る制服のボタンが中々とまらずにもどかしい。

「あれ、来てたのかい2人とも」

「あ、マスター聞いてくださいよ!隼人ったら新人さんの着替え覗いたのよ」

「馬鹿っ違えよ!」

「全然違くないじゃん!これで新人さんが辞めたらアンタのせいよ」

「こらこら、そのくらいにしておきなさい。鈴蘭ちゃん、着替え終わったかな?」

「あ、はい」

最後のボタンをとめ更衣室から出ると、満面の笑みのマスターと、言い合いをしていたと思われる男女の視線に晒される。

「よく似合っているよ、鈴蘭ちゃん」

「あ、ありがとうございます」

なんだが気恥ずかしいが素直に礼を言えば、マスターが2人の紹介をしてくれた。

「この2人は長年此処に勤めてくれている高坂香代さんと岩佐隼人くんだ」

「綾里鈴蘭です。よろしくお願いします」

「仲良くしてね、鈴蘭」

「はい!」

「さっき悪かったな。見てねえから気にすんな」

「鍵を掛け忘れたのは私ですから。こちらこそ申し訳ないです」

香代さんと隼人さんは同じ大学に通うベテランさんで、私の教育担当もしてくれるらしい。















「よーし、こんなもんね」

最後のお客様を見送ってからレジ閉めやテーブルの清掃をして、作業は終了。

付きっきりで指導してくれた香代さんの説明は分かりやすくてとても勉強になった。

「香代!鈴蘭!作業終わらして一杯どうだ〜?」

「やったー!行こう、鈴蘭!」

キッチンの方から隼人さんの声が聞こえて香代さんと揃ってキッチンに向かうと、人数分のコーヒーとちょっとした軽食が用意してある。

「鈴蘭ちゃん、お疲れ様。ささやかだけど歓迎会だよ」

「わ、ありがとうございます」

その好意がとても嬉しくて、遅い時間にも関わらずサンドイッチを頬張った。

綾里鈴蘭、初めてのバイト選び成功です。


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