幸福論


□sping2
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次の日ヘレンさんお手製のミートパイを食べた私とビルは、テニスコートに来ていた。

スティーブンさんがテニスの仕事をしているだけあって、家の裏にコートがある。

家の表はヘレンさんのスポーツショップだ。

近所の人からはテニス御殿と言われているこのビルの家には、私の部屋がある。

暮らしていたのは跡部の別荘だが、寂しくなった時にはよく泊まりに来ていた。

当時のままクローゼットの奥にしまい込んでいたウェアやシューズ、ラケットを引っ張り出して、久し振りのビルとのテニスに胸が高鳴る。

テニスは怖い、だけどテニスが好きな気持ちを全て忘れてしまった訳ではない。

「お前らー!ちゃんとアップしてからやれよー!」

家の中からスティーブンさんの声が響いた。

「備品が壊れたらいつでも言うのよー」

そして今度はショップの方から、ヘレンさんの声が聞こえる。

思わず苦笑を漏らし、軽くアップを始める。

「よし、やろうか」

「久々なんだから手加減してよね、王者さん」

「まさか。リリィに手加減したら負けちゃうよ」

ビルのサーブで簡易試合が始まった。

普通に打ち合うんじゃつまらない。

私達がテニスをする時は、必ず試合形式だ。

――パァアンッ

「やっぱ早いな、ビルのサーブ」

まずは第1球を見送る。

私は大抵、試合の1球目は見送ることにしている。

相手の力量を計ったり、まずは目を慣れさせる為に。

「見えてるくせに、よく言うよ」

「ハハ…次は返すよ」

「次は本気だよ」

やはりビルとのテニスは楽しい。

お互いが手加減を知らない。

いつだって本気、いつだって勝気。

それが私達のテニスの基本だ。

「…妙技、綱渡り」

「あっ!なにそれ!」

「どう?天才的ぃ?」

いつか見た丸井君の得意技をやって見せた。

どうしても選手を観察する癖が抜けない上、コピーは得意中の得意。

「ズルーイ!」

綱渡りはたまたまストテニで見ただけで、他のレギュラーの技は使えない。

景吾の持ち技だったら出来るけれど、無駄に格好を付ける景吾の真似は私には出来ない。

わたくしの美技に酔いなさい!

うわ、…無理。

心の中で呟くだけでもとても恥ずかしかった。























そんな楽しい時間は早いもので、帰国の時間がやってくる。

元々短い旅行期間だったけれど、結局ビルとテニスしか出来なかった。

それでもアメリカに来た事を後悔なんてしていないし、来て良かったと思う。

「リリィ…日本では、テニスはしてないんだろう?」

「うん」

「…リリィなら世界も夢じゃない」

「買い被りすぎだよ、スティーブンさん」

「でも、選手としてじゃなくても、コーチとしても君は有能だ」

「いいの。テニスは好きだけど、…今はまだ…」

「そう、か…」

「リリィ、いつでも帰ってきなさいね」

「うん。…じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「元気でね」

「2人もね。ビル、活躍楽しみにしてるから!」

「うん、まかせて!」

親不孝な娘でごめんね。

次に帰ってくるときにはそんな顔させないように頑張らなくちゃ。



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