幸福論
□summer2
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仁王side
夏休みに入った。
インターハイ優勝を狙っとる立海では、尋常じゃない練習が連日のように続く。
息抜きにと思って来たコーヒーショップでいつもの席を陣取ると、いつもんコーヒーを運んできたのはマスターじゃった。
「ごめんね、鈴蘭ちゃんじゃなくて」
「構わん。鈴蘭は休みか?」
「…あれ?聞いていないのかい?」
「……なんのことじゃ」
「鈴蘭ちゃん、アメリカに行っているんだよ」
「……アメリカ、じゃと?」
「驚いた。君に言っていなかったとはね…」
「…いつ帰ってくるんじゃ?」
「8月の中旬には帰ってくるって言っていたかな」
8月の中旬、ちゅうことはインターハイ決勝までには帰ってくるつもりなんじゃろう。
…全く、つまらん。
鈴蘭としばらく会えんと知っただけで、ここまで気分が落ちとる自分も面白くない。
鈴蘭を逃げ道にしとる自分への戒めじゃろか。
俺は小さい頃から、なんでも客観的に一歩引いて物事を考える奴じゃったと思う。
それが一番楽なんじゃ、と気付いてから何事にも熱くなれずに適当に生きてきた。
そんな俺が初めて心躍ったんは、立海3強と呼ばれる奴等のプレーを見た時。
中学入学と共に入部したテニス部も、柳生に勧められて入っただけじゃった。
元々運動神経も悪くなかったけえ、テニスはすぐに上達した。
じゃがアイツらのテニスは適当にやって適当に上手くなった俺のテニスとは格段に違った。
努力が見えた。
羨ましかった。
じゃがどんだけ努力したって、今までの俺の適当な生き方が祟ったんか、付けられた異名は決して褒め言葉ではない“コート上の詐欺師”ちゅう馬鹿げたモン。
駆け引きが好きで、悪戯好きで、トリックプレーなんかもしとった俺にとっては最高の通り名じゃったのかもしれん。
初めは満足しとったそれも、時が経つにつれ足枷でしかなくなった。
イリュージョンじゃって、結局は他人の模倣で、“俺のテニス”ではなか。
結局は“コート上の詐欺師”という通り名に踊らされるマリオネットなんじゃと気付いてからはどんな時もそれを演じてきた。
――私はあのコートで見たプレーの方が仁王に合っていると思うけどね
言いたいことだけ言って遠くに行ってしもうたアイツの声が聞こえる。
本当はわかっとうよ。
「お前さんは進むんじゃな」
俺も進まんといかんことくらい。
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