幸福論


□詐欺師の葛藤
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試合会場を出た俺は、行くアテもなくただ歩いておった。

俺はテニスが好きなんか、と自問自答しながら。

好きじゃった、と思う。

それくらい曖昧で、不確かなモノじゃが。

そもそもそんな事、考えた事もなか。

何となく始めて、何となく熱くなれた。

その“何となく”が俺らしさじゃと思って居ったもんじゃけ、いつだって本気のつもりじゃった。

結局、“つもり”で、俺は空っぽじゃった。

埋めようの無い空虚感に苛まれながらも、俺は“コート上の詐欺師”であろうとした。

空っぽのどうしようもない俺を、仲間と言ってくれる皆の想いを、無碍には出来ん。

じゃが、今まで適当に生きてきた空っぽの俺じゃ、屈指の強豪に勝つ事なんて出来んかった。

そんな俺でも強くなれるなら、と他人を模倣した。

強いと、認めた相手を。

その強さを羨ましく思い、自分もそうなりたいと願って。

空っぽだったから、他人を模倣する事は簡単じゃった。

しかしそれも結局は空っぽで、ニセモノの他人の真似事で終わってしまう。

それで良かった筈だった。

それでも俺は常勝立海のレギュラーで、皆の仲間でおれたから。

じゃが、それも変わる。

不二の言葉で。

ニセモノだ、とそう告げられた時、心が締め付けられた。

そんなんは自分が一番分かっている筈じゃった。

しかし長く自分すら欺いておった俺には、言葉が鋭すぎた。

今までのペテンが、悉く上手く行っておったもんだから、俺はちと調子に乗っていたのかもしれん。

結局俺は、今までの何もない空っぽの俺に戻ってしまった。

俺が縋っていたペテンも、何の意味も持たなくなった。

そこに現れたのが、鈴蘭じゃ。

目が会った時、一瞬で悟った。

“コイツは、俺と同じじゃ”と。

鈴蘭も分かったんじゃろう。

アイツは自分の弱さを、俺と重ね合わせて俺から目を逸らそうとした。

俺は俺で、鈴蘭に縋りたかった。

仲間と胸張って言えん連中よりも、鈴蘭の方が数倍俺を理解してくれる、そう思ったから。

事実、鈴蘭は俺の一番の理解者となった。

そして俺も、鈴蘭の一番の理解者であると自負しておった。

ある時鈴蘭は言った。

俺達はまるで“共犯者”だと。

悪くない、と思った。

思い通りに行かん、自分を認めてくれんこの現実を捨てて逃げてしまいたい。

お互いの傷を共有したまま、傷を舐めあい、生きていく甘い理想を叶えたかった。

今では分かる、それは只の甘えで、弱さなんじゃと。

弱さを受け入れて、それを抱えて生きていくんが人間なんじゃと。

どうやら空っぽだった俺は、鈴蘭と会ってからというもの、随分と人間臭い奴になってしまったらしい。

じゃが空っぽのままよりは、あれこれくよくよ考えた方が“生きている”気がした。



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