幸福論


□winter2
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そしていよいよ、決戦の日を迎えてしまった。

いや、決戦は言いすぎか。

「仁王くうーん!どこぉ?」

「せっかくの誕生日なのにぃ!」

朝から化粧をバッチリ決めた女の子達が、昼休みの現在も仁王を追って校内を巡回中。

世界新記録でもでるんじゃないか、って位の勢いだ。

…やはり決戦で違いない。

「仁王サン、ここを逃げ場にすんのやめない?」

「…ムリ」

そりゃ、無理だろうなあ。

昼休みの今、逃亡中の仁王を生徒会室で匿っていた。

と言うのも、レギュラーの部室は女子が多数押し掛けた為に鍵を破壊されたし、空き教室に隠れても、屋上に隠れても、見付かれば逃げ場はなくて。

保健室では校医に迫られ、図書室では司書に迫られ、職員室に逃げ込もうとすれば泣いて断られ………。

兎に角、可哀想な1日なのだ。

「村澤、コーヒー買ってきて」

「お前な、俺はパシリじゃねえぞ」

「庶務じゃろ」

「…平林先生とソックリだな」

「私、行こうか?私もコーヒー飲みたいし」

「いや、会長は止めた方がいい。今朝も酷い目あっただろ」

そうだ、私だって今日は朝から散々な目にあった。

1つ目のパターンは、去年と同じ様に仁王と仲の良い私にプレゼントを押し付けるファン達。

これはまだいい。

昨日の内に柳君に渡されていた紙袋に詰めて、仁王に渡せばいいから。

しかし今年はそれだけでは済まされなかった。

私と仁王が付き合っていると思っているファン達が、私をもみくちゃにしたのだ。

今日だけは仁王を貸して欲しい、とか、付き合ってるならここへ呼び出せ、とか。

かなりの罵声も飛んできたが、私の携帯を奪おうとした時にはさすがに驚いた。

お陰様で、私も今日は生徒会室にこもりっぱなしだ。

「ごめん、じゃあ頼んでも良い?」

「会長に言われたら断れねえな」

「お金は渡すから、村澤君もこれでなんか飲んで?」

「お、サンキュー!」

小銭を渡すと村澤君は生徒会室を出て行った。

「会長、このまま帰ったらどうだ?」

「どうして?」

「校門前、見てみろ」

西田君の視線を追って窓から校門の方を見てみると、……人だかり。

「あー、そっかあ。他校はテスト期間だもんねえ」

「自主早退の子も多いでしょうしね」

「仁王サン、インターハイで一気に有名人になったもんな」

私の隣で同じ様に校門の様子を見た仁王は頭を抱えた。

確かに、去年よりはるかに人数が多い。

井上君の言う通り、インターハイで天衣無縫の極みという奥義を見せた仁王はその容姿と強さでファンを拡大させた。

…本人は全く望んでいないが。

「んー……帰るぜよ、鈴蘭」

「無事に帰れるといいけど。気をつけてね」

「何言っとんじゃ、お前さんも帰るぜよ」

「…え、私も?」

「お前さんを巻き込むんは嫌じゃ。じゃけ、一緒に逃げる」

「逃げるって、どこに?」

仁王はニヤリ、と笑った。

久々に見る、何かを企んだ顔だった。












「すげーよ、仁王のファン。死ぬ物狂いだったぞ。ここもバレるのは時間の問題だな」

ガラリ、と生徒会室の扉が開いて、村澤が戻って来た。

「村澤」

「なんだよ。あれ?仁王と会長は?」

「…帰った」

「はあっ?コーヒーは?」

「村澤君も報われないですね」

役員達は裏門から逃げていった2人の姿を見ながら、今日も仕事に没頭するのであった。


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