幸福論
□summer3
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本格的な夏が始まる、少し前。
私達は着々と、インターハイまでの道のりを駆け上がっていた。
男子テニス部は正レギュラーを温存したままの余裕の布陣ではあったが、一度たりともゲームを落とさなかった。
今日の分の試合を終え、学校へ戻る前に女子部の応援に駆けつけると、女子部は苦戦を強いられていた。
「…劣勢か」
「…茜!頑張れよぃ!」
試合は劣勢、試合中の茜も苦しそうだった。
王者と呼ばれる男子部と違い、女子部は万年予選敗退。
部員が少なすぎてレギュラーさえ固定できない状況であった。
そんな中、今年は絶対的エース茜に加え、経験のある新入生が入ったお陰で、女子部創立以来最高の結果を出している。
「茜…!」
男子テニス部の栄光の影で、いつも悔しい思いをしてきた女子部。
入ってくるのは男子部との合同練習目当てのファンばかり。
折角経験者ややる気のある新入生が入っても、その合同練習でレギュラーと話そうものなら、見学に来ているファンに目を付けられ辞めて行く。
いつも茜が悲しそうに話していたのをふと思い出す。
だけどそれでも茜は絶対に諦めたりしなかった。
絶対に男子部と一緒にインハイに行くんだ、って。
それが昔からの夢なんだ、って。
……笑顔で語っていたんだ。
「茜!」
コートから離れたフェンスの向こうに居る、私達の声は届かないかもしれないけれど、無我夢中で声援を送る。
茜は苦しそうだけど、楽しそうでもあり、悔しそうでもあって。
決して諦めてはいないけれど、かなり離された得点差でも最後まで戦い抜こうとする姿勢は目を見張るものだった。
「…県立B高校、去年のインターハイ出場チームだ」
ノートを開いた柳君が、去年の猛者にここまで食らい付く茜達のプレーに感心したように呟く。
景吾も茜のプレーを褒めていたし、その実力は女子部でも飛びぬけている。
最早その実力は全国区と言っても過言ではないだろう。
だけど茜は、個人戦での出場を望まなかった。
あくまで、立海女子部として戦いたかったのであろう。
「茜ッ!一緒にインハイ行くんだろぃッ!」
丸井君が力の限り叫ぶ。
だけど願いは、届かなかった。
「ゲームセット!県立B高校、準決勝進出!」
茜の、立海女子部の敗退が確定した瞬間だった。
丸井君がまるで自分のことのように悲しみ、泣き崩れる。
一方コートの茜は泣きもせず、怒りもせず、何故か笑顔で相手選手と握手をしていた。
「ブン太、茜が帰ってくるよ。君が泣いてたら、誰が茜を泣かせてあげられるの?」
「ッ!……お、おう!」
「ほら、綾里さんも」
「…分かってる。……分かってるけど!」
収まらないものは仕方がない。
茜が背負ってきた想いは痛いくらいに知ってるし、コートで気丈に振舞う姿なんて見たら、余計に……!
仁王が持っていたタオルを顔に当ててくれたので、それで涙を拭く。
一番泣きたいのは、茜の筈だ。
私が泣いてちゃダメだ。
「ほれ、こっち来るぜよ」