獣の奏者エリン
□あの日、あの時
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真王がカザルム王獣保護場へ行幸したあの日から、ずっと思っていたことがある。
『……夜明けの鳥。』
15歳のあの日。
サリムの町で、初めてエリンに出会ったとき。
おれがエリンに〈操者ノ技〉を編み出すきっかけとなった竪琴を渡していなければ、彼女は今頃、どんな生活を送っていただろう。
『ならばためらうな。』
『命を救う時は、ためらってはいけない時がある。それは堅き楯〈セ・ザン〉も医術師も同じだろう。』
エリンと深い関わりをもつことの無いよう、あの場をすぐに去っていたら。
竪琴の細工の仕方を教えなければ。
『吹かないでください!』
真王がリラン親子に近づきすぎて襲われそうになったとき。
エリンがあの竪琴を手に持って、王獣に触れんばかりのところに立ち、弦を奏でている姿を見たときの衝撃は相当なものだった。
それはきっと真王もダミヤも同じで、あの時から彼女の行く末が定まりつつあったのだろうと思う。
もし、真王がカザルム王獣保護場へ訪れることがなければ、彼女は今もなおリランに乗って自由に空を飛び、
誰に咎められることもなく王獣と心を通わせていただろう。
あの日、竪琴を渡さなければ……。