獣の奏者エリン


二人の幸せ
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 低く響いた声に振り返ると、王獣舎の入り口に立っている、今まさに考えていた人の姿が見えた。

 「イアルさん!」

 予想外のことに驚き、慌ててこちらをのぞいている彼のもとへと駆け寄った。

 「どうされたんですか? 今日はヤントクさんのお家に行くって……。」

 「ちょっと、ヤントクの都合が合わなくてな。エリンが家にこれを忘れているのを見つけて、時間が空いたから届けにきた。」

 そう言って差し出されたのは、この間イアルさんの家で読んでいた植物に関する本だった。

 (どこに置いたのかと思ったら……。)

 「そうだったんですね。わざわざありがとうございます。」

 「教導師の誰かに渡してもらおうと思ったんだが、ちょうど門の辺りでエサル師と会ったんだ。

 エリンは王獣舎にいるから、直接会って渡したらどうかと言われ、来てはみたんだが……。」

 イアルさんの視線が私の後ろへ……まだ山になっている藁や桶のほうへ向けられた。

 「当たり前だが、仕事中だったな。失礼した。」

 「いえ、そんなことないです!」

 
 この場に彼がいるということがなんだかとても嬉しくて、思わず頬が緩んだ。

 (エサル師が、イアルさんがここへ来ることを勧めたのだから。)

 この後の判断は私に任せてよいということなのだろう。

 「……イアルさん、あの、まだお時間ありますか?」

 「この後の予定はないが。」

 「じゃあ、ちょっと待っててもらえますか? すぐ終わらせますから。」

 「分かった。おれは急いでいないから、いつも通りにするといい。」

 「ありがとうございます。」

 
 そうは言ってもらえたけれど、早めに掃除を終わらせて、リランたちを王獣舎へ戻した。

 この王獣舎に私やほかの教導師以外が立ち入ることはほとんどなかったけれど、リランたちがイアルさんへ警戒音を立てることはなかった。


 「……いつ見ても、立派な王獣だな。」

 檻の中へ入り、餌をあげていると、イアルさんがリランを見上げながら小さく呟いた。

 「姿だけみれば、野生の王獣との差はほとんどありません。

 特にアルは、生まれた時から一度も特磁水を飲んでいないし、リランよりも野生に近く育つと思います。」

 アルに目を向けていると、イアルさんが身体をこちらに向きなおして、僅かに微笑んだ。

 「あなたは何も変わらないな。」

 「え?」
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