※ジンラグ本編からの逃避。




「おはよう、兄さん」

氷越しの冷たいキス。
氷の中で兄さんは今日も綺麗なまま眠っている。

「今日は何しようか。そうだ、この間綺麗な本絵本を見つけたんだ。だから今日はそれを読んであげる」

僕は兄さんの眠る氷柱の元に腰掛け、先日廃墟と化した図書館から持ち出した本を開く。
綺麗な装丁の大型絵本の中身は水彩で描かれた淡い絵に彩られたおとぎ話。

「昔々あるところに美しいお姫様と、お姫様に仕える勇敢な騎士がおりました」

物語は美しい姫と姫を守る騎士の恋物語。
姫と騎士は互いに想い合っていても身分が違う故に互いの気持ちが伝えられない日々を送っていた。
騎士はそれでも愛する姫の傍にいられれば幸せだった。
しかしその幸せはある日を境に壊れてしまった。
いずこからかやってきた王子が姫を娶ったのだ。かつて騎士の居た場所は王子のものとなり、姫も自然と王子と共にいる時間が増え、騎士と過ごす時間が減った。
姫はこの機会に騎士への想いを断ち切ろうとした。しかし騎士は姫への想いを断ち切ることなどできなかった。
苦悩する日々が続いたある日、騎士は気づいた。

「姫の隣にいる王子には黒い心臓が見えたのです」

騎士には生まれつき神に祝福された力がありました。悪しき者には黒い心臓が見えるのです。
そう、王子の正体は悪しき者の王、魔王だったのです。

「・・・・・・そして騎士は姫と王子の結婚式の場において王子の黒い心臓を聖剣で貫き、王子は黒い霧と化して消えました」

その後騎士はめでたく姫と結ばれることを姫の父である王に認められ、絵本の最後は二人の華々しい結婚式で締めくくられる。
本当に絵に描いたようなハッピーエンド。

「めでたし、めでたし」

僕は感慨深い声で呟いて絵本を閉じる。
氷の中の兄さんは目を閉じたまま。安らかな顔で眠っている。

「寝ちゃったの?兄さん。もう、しょうがないなぁ」

昔から兄さんは本を読むとすぐ寝てしまった。絵本の読み聞かせだって最後までできた試しがない。

「せっかく良い話だったのに。ねぇ?」

まるで僕たち兄弟みたいなおとぎ話。
兄さんがお姫様で、僕が騎士で・・・・・・アイツが魔王。
でも違うのは、アイツが完全に滅ぼすことのできない存在だったってこと。
だから・・・・・・僕は兄さんを守るために、世界の果てで氷の中に兄さんを閉じこめた。アイツが二度と兄さんに触れることの出来ないように。僕だけの兄さんであるように。

「大丈夫だよ、兄さん。兄さんがずっと綺麗でいられるように、僕がずっと守ってあげるから」

世界の果てにある僕と兄さんだけの氷の世界。兄さんが氷の中でどんな夢を見ているのか、僕は知らない。








(フローズンスウィート)









・・・・・・夢の中でも僕だけの兄さんでいて下さい。




.

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ