夢を見た。
懐かしい、夢を。
「・・・・・・?」
気がついたら俺はガキだった。
懐かしい教会の裏の森に一人立っていて、ああ、これは夢なんだと気づく。
夜らしく、暗い森の中を手に持ったランタンの灯りを頼りにひたすら歩く。
(この先はなにがあるんだっけ)
サヤとよく過ごしていた大樹は反対方向だし、婆さんに頼まれてよく行った井戸や川、炭焼小屋とはまた別方向。ただただ生い茂る草を踏み分けて暗い森の奥へと足を進める。
そうしている内に森の奥から吹いてきた風が小さな泣き声を運んできて俺は思い出す。
(そうだ、この先は確か・・・・・・)
道が開けたのは丁度森の真ん中にある白い花に囲まれた小さな湖。そしてその畔には泣きじゃくっているガキが一人。
「ジン」
小さく名前を呟けばソイツは顔を上げる。俺よりサヤに似た、男なのにやたらと綺麗な顔をしたジンはその大きな眼を潤ませたまま驚いた様子で俺を見ていた。
「に、さん・・・・・・」
白い花の中に座り込んだままのジンに俺は歩み寄って隣に座り、そのヒヨコのような頭を撫でてやる。
こいつは俺なんかよりずっと賢くて、術式適正にも長けてして、俺なんかよりもずっと立派な人間になれる素質があるのに泣き虫で甘えたで。俺はそんなジンが可愛くて憎たらしくて、兄としては色々複雑だった。そのせいでよくジンを放っておいては泣かせた。そしてジンはよくここで泣いていたジンを迎えに行ったっけ。
(悪い兄貴だったよな、思えば)
本当はサヤと同じく守らなきゃいけない弟だったのに。
いくら泣かせても俺を求めて追いかけてきた弟だったのに。
「そんなに泣くんじゃねーよ。涙なくなっちまうぞ」
「だって・・・・・・」
ジンは俺にしがみつくと胸に顔を埋めてぼろぼろと大粒の涙をこぼす。
夢なのに、胸を濡らす涙の感触はとてもリアルで。たまらず俺はぎゅっとジンの小さな体を抱きしめた。
「だって、兄さんは僕の誕生日、祝ってくれないでしょう?」
「なんでだよ、毎年婆さんとサヤと一緒にケーキ焼いてやっただろ?」
そう言って思い出すのは料理ベタなサヤと火加減のが出来ない俺を婆さんがうまく手綱を握って作った少し焦げ目のついたバースデーケーキ。
そんな思い出に浸る俺に対してジンは俺の言葉にふるふると首を横に振る。
「もう、焼いてくれないもん・・・・・・だって」
ズキリと腹に鋭い痛みが走って顔をしかめる。
白いシャツの腹の部分は真っ赤に染まり、その部分にジンが泣きながら小さな両手を当てて必死に流れ出る血を止めようとしている。
「ごめんね、兄さん、ごめん、ごめん、なさいっ……!」
白い手を俺の血で汚して泣きじゃくりながら謝り続けるジンの頭に俺は再び手を伸ばす。
「ばーか。こんな傷大したことねぇよ。それより」
ジンの綺麗な目が血塗れの俺を写したまま大きく見開かれる。
(謝らなくちゃいけないのは俺のほうだから)
くしゃっと細い髪を指に絡め、焼け付くような痛みに意識を持っていかれそうになりながらもなんとか言葉を喉から絞り出す。
「覚悟しとけ、今日は無理だけどよ、ちゃんと次の誕生日はとびきり美味いケーキ、食わせて、やっから、な?」
「兄さんっ・・・・・・」
白い靄に包まれて、意識が遠のく。
ああもっとジンと一緒にいたかったな。もっとジンを甘やかしてやれば良かった。
「ジン・・・・・・」
気がつけばそこはいつもの安宿の薄汚れた天井で。
頬を伝う冷たい感触に、柄でもなく夢見で泣いたことを悟る。
体を起こして髪を掻きあげ、珍しくはっきりと覚えている夢の内容に眉間に皺を寄せて壁にかけられたカレンダーを見た。
2/14。
「約束は守ってやらねぇとな・・・・・・」
U・過去と未来の誕生日。
同時刻。
「・・・・・・なんて、都合の良い夢を」
ベッドの上で顔を赤らめ、目を潤ませて枕に顔を埋める誰かさんがいたなんて。
そしてそのサイドテーブルには空の小瓶が転がっていたことなんてその時の俺が知る由もなかった。
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