リトしま
□眠れぬ夜の誘惑と葛藤と
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よく晴れた日の朝。
起きてそのまま水でも飲もうかと歩いていたら、縁側で空を眺める少女を見付けた。
これでもそれなりに早起きしてるつもりだったが、この主には及ばないらしい。
目が覚めて部屋を出ると、主はいつも既に着替えを終えて、本を読むなり庭に出るなりしている。
一体何時に起きているのか、むしろちゃんと寝ているのか、たまに少し不安になる。
まさかこの少女は眠らないんじゃ、なんて本気で考えた事もあるくらいだが、夜中に寝間着姿でフラフラしているのを見た事があるから、多分しっかり寝てはいるのだろう。
浮世離れした人形のような少女は、眠らないと言われたら納得してしまいそうではあるが、人間である以上、そんな事は決してない。
だからただ単に、この主は凄く早起きで健康的な人間なのだろう。…多分。
「いろは」
「…鶴丸。おはよう」
「ああ。今朝も早いな、君は」
「……うん」
「…?」
なんだか元気がない。
振り返った顔も、笑顔は笑顔だが、いつものような完璧な作り笑顔じゃなくて…なんとなく、疲れているような。
まさか、風邪でも引いたのだろうか。そう言えば、前に見た寝間着は薄くて肩も出ていたような。
昨晩は少し風が冷たかった気がするから、あんな格好じゃ風邪を引くのも無理もない。
ただですらあまり丈夫じゃない体なのだから、もう少し大切にしてほしいものだ。
「………」
「いろは?調子が良くないなら寝てたらどうだ?」
「…え?ううん、悪くないよ、大丈夫」
「そうか?ならいいが…。朝食はどうした?いつもならそろそろ作る時間だろ?」
「ん…そうだね。ごめんね、すぐ準備するから」
「……そういう意味で言ったわけじゃないんだがなあ」
これでも結構心配しているのだけれど。
その気持ちはいまいち伝わらないまま、いろはは立ち上がって勝手場に向かう。
…確かに足取りはしっかりしているし、本人の言う通り体調は悪くなさそうだ。
しかしやっぱり、どこかおかしい。
なんとなく不安ですぐに後を追って勝手場を覗いてみたら、案の定と言うべきか、ここでもぼんやりとまな板と睨めっこしていた。
「…おーい、いろはー」
「あ……、なに?」
「いや、なにと言うか…。ぼーっとしてどうした?食材が足りないなら、また裏の畑から穫って来るが」
「…大丈夫。昨日穫ってくれた分が、まだ余ってるから…うん、充分だよ」
どこか上の空で返事をしながら、ようやく作業を開始する。
…おかしい。体調不良じゃないのなら、これは一体何なのだろう。まさか恋煩いか?
………………。
…ナイな。自分で言ってて何だが、この主に限ってそれはナイ。
もしもこの少女が頬を染めて「いろは、好きな人が出来たの」なんて言い出した日にゃ、驚きを通り越して心配になる。
高熱でも出していなければ、そんな奇妙な事は言い出さないだろう。そして今いろはは、特に熱を出してる様子もない。
だから何か…風邪でも恋でもない何かが、いろはを煩わせているんだろうが…。
……分からない。どうやらもう少し、様子を見る必要がありそうだ。