リトしま

□季節巡り、心は廻り
1ページ/9ページ



大事な話がある、と。

夜、いつものようにいろはの髪を梳いてやった後に切り出した。

そんな切り口にも関わらず、普段通り「うん、なに?」と振り返った主に、若干気後れしつつもしっかりと話は伝える。

いい加減…先延ばしにしていてはいけない問題だ。



「え…?」



伝えた瞬間、打って変わってキョトンとしたいろはを見ると、罪悪感が沸き起こる。

が、これは彼女のためだ。

可哀想でも、撤回する気は毛頭ない。



「…だから、一緒に寝るのはもう終わりだ。今夜からは、また以前のように別々の部屋で寝よう」

「…………………」

「まあでも、なるべくいろはが不安にならないように、隣の部屋を貸してもらうぜ。何かあったらすぐ駆け付けるから、安心してくれ」

「……………どうして…?」

「ん?」

「…どうして、そんな事言うの…?なんで…?いろは、何か悪い事した…?貴方に避けられるような事を、いろはがしちゃったの…?」

「………」



罪悪感が、強くなる。

感情が読みにくいいろはが、戸惑うような泣きそうな無表情で捲し立てるのを見ると、流石に決心も揺らぎかける。

そんなに、一緒に寝るのを快く思っていてくれたのか、と。

その気持ちを嬉しく思う心と、それを奪おうとしている心苦しさ。

いっそ、冗談だ、と撤回してしまおうか。

けれど、その結果いろはを傷付けてしまう事になっては意味がない。



「…君が何かをしたわけじゃない。これは俺の問題で…」

「どういう事?いろはは関係なく、ただ貴方がいろはと一緒に寝たくなくなったって事?」

「いや、そうじゃな――」

「なんで?いろはの事、好きって言ったくせに」

「っ……だから、それがだなぁ…!」



ああ、そうだ、好きだ。一度それに気付いてからというものの、その想いは日に日に増していって、今やもう手が付けられなくなりつつある。

主を護りたい。主に必要とされていたい。何より、いろはの傍にいたい。…いろはを知りたい。いろはを見たい。いろはに触れたい。

認めよう。ハッキリ言って、ベタ惚れだ。自分でもどうしていいか分からないくらい、主にぞっこんだ。

…けれど、好かれているのを分かっているなら、何故この苦悩を分かってくれない。

いやそもそも、好きだというのも本当に分かっているのか、この少女は。

動物や食べ物に対する『好き』とはわけが違うんだぞ。



「?好きな事がいけないの?どうして?好きなら、一緒に寝てくれるでしょ?」

「いや、だからな…好きだと、色々あるだろ……なんと言うか、こう……」

「……?」

「……………とにかく、このままじゃいろはの身が危険なんだ、分かってくれ…」

「…………」



現在の困った状況を、一体どう説明すればいいのか。もっと分かりやすい言葉で言ってやればいいのかもしれないが、あまりハッキリ言うのも如何なものか。

何とか察してくれ、と願いを込めていろはを見つめてみる。

しばらく思案顔で俯いた彼女は…

やがて、ふっと顔を上げて言った。

…わざわざ言うのを避けていた、その言葉を。



「…つまり貴方は、いろはに欲情するって事?刀の分際で」

「ぶ…分際とか言われると、流石に堪えるものがあるが……まあ……つまりは、そういう事だな…」



…それでも、少し安心する。言い方は些か酷かったが、理解してくれたのはありがたい。

好きという感情をどこまで分かっているのかは知らないが、少なくともその感情が行き着く先は分かっていたようだ。

恐らく、全ては本で得た知識だろうが。例え冗談でも、自らの貞操を気にした事があるいろはなら、何がどう危険なのかは理解してくれたに違いない。



「ふぅん……なんで?いろは、年齢はともかく、こんな子供だよ?一緒に寝ても安心していいって言ったのは鶴丸だよね?」

「……その節に関しては、すまなかった。あの時は本気でそう思っていたが…君を子供扱いした事は、素直に詫びよう」

「…?子供扱いも何も、子供なんだから気にしてないよ。……でも、そんな子供に貴方は欲情するの?つまり、えっと…なんて言うんだっけ…ロリコン?って事」

「人聞き悪い言い方をするな!〜〜とにかく、分かったならもういいだろう!悪いが、今日からは別室で寝させてもらうぜ!このままじゃ君の安全が保証出来ないんでな!」

「………。…そう。そういう事なら、仕方ないね」



諦めたように、いろはは言って俯く。

…やけにあっさり引いてくれた事には驚いたが、危険が伝わったのなら何よりだ。

若干、不名誉な肩書きを負わされかけた気もするが、この際それはもういい。

とにかく、取り返しの付かない事態になる事は避けられた。どんな呼ばれ方をされようと、今はそれで充分だ。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ