リトしま
□季節巡り、心は廻り
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大事な話がある、と。
夜、いつものようにいろはの髪を梳いてやった後に切り出した。
そんな切り口にも関わらず、普段通り「うん、なに?」と振り返った主に、若干気後れしつつもしっかりと話は伝える。
いい加減…先延ばしにしていてはいけない問題だ。
「え…?」
伝えた瞬間、打って変わってキョトンとしたいろはを見ると、罪悪感が沸き起こる。
が、これは彼女のためだ。
可哀想でも、撤回する気は毛頭ない。
「…だから、一緒に寝るのはもう終わりだ。今夜からは、また以前のように別々の部屋で寝よう」
「…………………」
「まあでも、なるべくいろはが不安にならないように、隣の部屋を貸してもらうぜ。何かあったらすぐ駆け付けるから、安心してくれ」
「……………どうして…?」
「ん?」
「…どうして、そんな事言うの…?なんで…?いろは、何か悪い事した…?貴方に避けられるような事を、いろはがしちゃったの…?」
「………」
罪悪感が、強くなる。
感情が読みにくいいろはが、戸惑うような泣きそうな無表情で捲し立てるのを見ると、流石に決心も揺らぎかける。
そんなに、一緒に寝るのを快く思っていてくれたのか、と。
その気持ちを嬉しく思う心と、それを奪おうとしている心苦しさ。
いっそ、冗談だ、と撤回してしまおうか。
けれど、その結果いろはを傷付けてしまう事になっては意味がない。
「…君が何かをしたわけじゃない。これは俺の問題で…」
「どういう事?いろはは関係なく、ただ貴方がいろはと一緒に寝たくなくなったって事?」
「いや、そうじゃな――」
「なんで?いろはの事、好きって言ったくせに」
「っ……だから、それがだなぁ…!」
ああ、そうだ、好きだ。一度それに気付いてからというものの、その想いは日に日に増していって、今やもう手が付けられなくなりつつある。
主を護りたい。主に必要とされていたい。何より、いろはの傍にいたい。…いろはを知りたい。いろはを見たい。いろはに触れたい。
認めよう。ハッキリ言って、ベタ惚れだ。自分でもどうしていいか分からないくらい、主にぞっこんだ。
…けれど、好かれているのを分かっているなら、何故この苦悩を分かってくれない。
いやそもそも、好きだというのも本当に分かっているのか、この少女は。
動物や食べ物に対する『好き』とはわけが違うんだぞ。
「?好きな事がいけないの?どうして?好きなら、一緒に寝てくれるでしょ?」
「いや、だからな…好きだと、色々あるだろ……なんと言うか、こう……」
「……?」
「……………とにかく、このままじゃいろはの身が危険なんだ、分かってくれ…」
「…………」
現在の困った状況を、一体どう説明すればいいのか。もっと分かりやすい言葉で言ってやればいいのかもしれないが、あまりハッキリ言うのも如何なものか。
何とか察してくれ、と願いを込めていろはを見つめてみる。
しばらく思案顔で俯いた彼女は…
やがて、ふっと顔を上げて言った。
…わざわざ言うのを避けていた、その言葉を。
「…つまり貴方は、いろはに欲情するって事?刀の分際で」
「ぶ…分際とか言われると、流石に堪えるものがあるが……まあ……つまりは、そういう事だな…」
…それでも、少し安心する。言い方は些か酷かったが、理解してくれたのはありがたい。
好きという感情をどこまで分かっているのかは知らないが、少なくともその感情が行き着く先は分かっていたようだ。
恐らく、全ては本で得た知識だろうが。例え冗談でも、自らの貞操を気にした事があるいろはなら、何がどう危険なのかは理解してくれたに違いない。
「ふぅん……なんで?いろは、年齢はともかく、こんな子供だよ?一緒に寝ても安心していいって言ったのは鶴丸だよね?」
「……その節に関しては、すまなかった。あの時は本気でそう思っていたが…君を子供扱いした事は、素直に詫びよう」
「…?子供扱いも何も、子供なんだから気にしてないよ。……でも、そんな子供に貴方は欲情するの?つまり、えっと…なんて言うんだっけ…ロリコン?って事」
「人聞き悪い言い方をするな!〜〜とにかく、分かったならもういいだろう!悪いが、今日からは別室で寝させてもらうぜ!このままじゃ君の安全が保証出来ないんでな!」
「………。…そう。そういう事なら、仕方ないね」
諦めたように、いろはは言って俯く。
…やけにあっさり引いてくれた事には驚いたが、危険が伝わったのなら何よりだ。
若干、不名誉な肩書きを負わされかけた気もするが、この際それはもういい。
とにかく、取り返しの付かない事態になる事は避けられた。どんな呼ばれ方をされようと、今はそれで充分だ。