リトしま
□或る少女のハジマリと始まり
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あるところに、とても優秀な審神者の男の人と、すごく優秀な審神者の女の人がいました。
高い実力を持ちながら、権力者の下で働く研究者でもあった彼等は、審神者の能力について研究をしていたある日、ふと思い至りました。
『そうだ。優秀な審神者と優秀な審神者の血を掛け合わせたら、もっと優秀な審神者が出来るに違いない』
そんな冗談みたいな発想は、冗談のように簡単に、その日の夜から実行に移される事になります。
そうして一年後、その子はまるで草花の品種改良のように、実験材料としてあっけなくこの世に産み落とされたのでした。
彼等は自分達の子供が欲しかったわけではないので、産まれた赤ん坊はすぐに研究室に送り込まれました。
そこでその子は、最高級の遺伝子を持った種として、両親という名の研究者とその部下達に囲まれ、丁寧に丁寧に育てられました。
『次はこの薬を使ってみよう』
『明日は新しい検査を試そう』
丁寧に、丹念に、慎重に、繊細に。
決して傷付けたりしないよう、彼等は美しい花が咲くのを待ち望み、それはそれは大切に手を施したのです。
しかし、彼等の研究は実りませんでした。
どこで間違ったのか。それともその種は、最初から欠陥品だったのか。
あんなに大切に育ててきたのに、その子は年頃になっても、優秀な審神者どころか、審神者としての能力すら獲得する事がなかったのです。
彼等は困りました。
優秀な研究者にとって、こんな出来損ない要りません。
しかも、今まで散々、違法な投薬や実験を施してきた個体。一時は処分も検討しましたが、彼等はそれはどうしても出来ませんでした。
血を分けた子供だから?
いいえ、“ソレ”は彼等が長い年月をかけて作り上げてきた、大事な大事な道具だったからです。
だけど、このままだとその道具は、彼等にとっての恥になってしまいます。
焦った彼等は、もう後も先も見えなくなっていたのでしょう。
何を思ったのか、審神者として育てていたはずの道具を、今度は人を斬るための道具にしようと試みたのです。
筆で紙は切れないように、突然違う用途を与えられたその道具も、いきなり凶器になれるはずがありません。
そこで活躍するのが、彼等お得意の実験です。優秀な彼等は、無力な子供を殺人鬼に変えるくらい、簡単だと思っていました。
そう。
その子供。自分達の娘が、“道具”ではなく、“人間”である事を、彼等は忘れていたのです。
誤算でした。
過酷な実験と投薬は、少女の身体を着々と壊していきます。
真っ黒なビロードのような髪は、色素が抜け落ち真っ白に。同じく、黒ダイヤのようだった瞳は、作り物のような銀色に。
身体の成長は同年代の少女に比べて大幅に遅れ。注射で無理矢理増強された筋肉は、負荷に耐えられずボロボロに。
そんな破壊行為は5年という月日を掛け…
やがて。気が付いた時には、彼女はもう、自力では生きられない身体になっていました。
審神者になれる能力はなく。兵器になれる体力もない。
そして、薬がないと動かなくなった心臓。
ようやく彼等は認めました。
『この道具は、失敗作だ』と。
少女の処分を決めた後も、彼等は体裁を気にし、自らの手を汚さない方法を考えました。
出てきた答えは簡単です。
『訓練中の事故にすればいい』
果たして――本当に“人間”ではなかったのは、誰だったのでしょうか。
自分達の優秀な能力で呼び出した、強力な刀の化身を前に、彼等は少女にわざわざ上等な武器を渡し、こう言いました。
『こいつを倒してみろ。そうすれば、お前を自由にしてやる』
自由。それは道具であった少女にとって、聞いた事もない言葉でした。
別に、殺されてもよかったのです。
けれど、反抗する理由も思想も持ってなかった少女は、言われるがままに武器を手に取りました。
細く小さい身体に、まるで彼等の心を現したような化け物が襲いかかります。
死ぬ。もしかしたらそれが“自由”という事なのかもしれないと。
少女は生まれて初めて少し微笑み、壊れかけの身体では満足に持ち上がらない武器を握り締めました。
しかしその時、不思議な事が起こりました。
少女が持っていた武器が、突然その手から消えたのです。
それだけなら、ただ少女が無抵抗に殺されて終わったのでしょうが、おかしな事にその身体には傷一つありません。
疑問に思った少女が視線をあげると、そこには。
少女を護るような背中が、静かに立っていました。
その手に、先程まで少女が持っていた武器を握り締めて。
突然現れた人物は、眼前の化け物を一振りで屍に変えると、背後でへたり込んだ少女をゆっくりと振り返りました。
それを見て、少女の胸に去来した思いは――
きっと、幾万の言葉を尽くしても、説明する事は出来ないでしょう。