続
□1
2ページ/2ページ
ここのところ大きな事件も無かったためか、真選組の局長と副長は、二人揃って警察庁長官の命の下、幕府高官や天人の接待に頻繁にかり出されていた。
その頻繁な宴席が、最近行われた幕府上層部の組織変革に伴ったものであることは山崎からでも窺い知れた。
そしてたまに起こす隊の不始末に、松平のとっつぁんも上や周りとの折り合いであれでも気を遣っているようでもあった。
近藤と土方の二人が屯所に戻ってくるのは連日明け方で、大抵酒や女物の香水の匂いをぷんぷんさせて帰ってくる。
どんな処へ行っているかくらい、山崎は容易に想像できた。
二人共酒はそんなに強くない筈だが、無理して飲むのかはたまた飲まされるのか、毎回明け方に叩き起こされる。
そして二人から水持って来いだの洗面器よこせだのと、雑用を言い付けられて介抱させられる為殆どいい迷惑だった。
*−*−*−*−
一昨日の事だ。
やはり明け方までの接待を終え、屯所に戻って来てからまだ数時間も経っていない土方に、軽めの朝げを部屋まで持って来るよう山崎は頼まれた。
今朝の土方はいつもよりかなり険しい顔付きで、煙草をスパスパふかしていた。
天人や幕府のお偉いさん相手に接待するからには嫌な思いもするのだろう。
食堂から簡単な味噌汁だのお新香だのを盆に載せ山崎が廊下を進むと、何やら土方の部屋から話し声が聴こえてきた。
通常でも癖で常に足音を消してはいるが、思わず監察の習性で山崎は廊下の角手前で身を潜め耳をそば立てていた。
「何で接待しに行って
アンタが酒に呑まれるんでさ」
聴き慣れた声が部屋から漏れてくる。
「ああ、煩せぇなオイ・・・・
俺は疲れてんだ、出てけ」
普段より一段と低く機嫌の悪い土方の声。
「代わりに俺が行きやす。
土方さんじゃあ心許無ぇや」
「テメェは酒飲んだらダメだろーがよ未成年」
「アンタよりは強いですぜ」
「無理だな、遊びじゃねーんだ。
ったく、女遊びも知らねー奴が、ジジィや天人相手に接待できるかよ」
「へーぇ・・・・
そりゃすげーや、
接待で廓にも行くんですかい。
豪勢なこった」
「たりめぇーだろーが、
ご所望とあればどこでも連れてかなきゃなんねーんだよ。
こっちは雇われの身だ」
「土方さん、
アンタ上の命令なら何でもするんですねぃ。
で、あんたも税金使って御愉しみですかい」
沖田の剣呑な口調に、耳をそば立てていた山崎はいつもの事ながらもヒヤリとした。
今朝は特に副長土方の機嫌は悪いと見ている。
「ああ?何だ?・・・テメェ煩せぇぞ。
総悟、何が云いてー?
そういうことは、いっぱしに女相手出来るようになってから云えってんだよ。
餓鬼みてーなこと云ってんじゃねーぞ」
土方の怒鳴り声の後に、どかっと鈍い音がしたかと思うと、更にどすんばたんと大きな音がしてその後に暫くの沈黙が続いた。
思わず廊下の陰から身を乗り出しそうになった山崎だったが、それと同時に障子戸が激しくがたんと開かれた為、また身を潜めてちらりとその場を盗み見た。
すると土方の部屋の前で、隊服に身を包み激しく肩をいからせる沖田が見えた。
唇には紅い血を滲ませている。
ぺっと横に唾を吐き、俯いて胸元のスカーフを引っ張りぐいと口を拭った。
白いスカーフに紅い血が染まる。
「・・・・ったくアンタ何考えてやがるんで、
・・・・マジ死んでくだせぇや」
低い声音でそれだけ云い残し、パシンッと障子戸を閉め、山崎とは逆の方向へとドカドカとその場を去っていった。
朝げの支度を盆にのせたまま、暫くその場を動けずにいた山崎だったが、再び炊事場へと足を向けた。
俯き加減に口許を拭う沖田の、目元が朱に染まっていた。
「・・・・まあ、
知ったこっちゃないけどね・・・・」
厄介ごとは正直たくさんだ。
そう自分に言い聞かせ、この後最高潮に機嫌が悪いであろう副長の元へ、膳を運ばなければいけない役どころを山崎は呪った。
まだ日も高く昇っていないというのに、屯所の中はわんわんと蝉の声が降ってくるかのような暑い夏の朝。
そしてその夜、土方は屯所には戻らなかった。
27feb'10up
heat haze−陽炎−→2へ