□コンクリートキス
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※一応3zの世界っぽいけど2年くらい?のお話。暴力表現ありますので苦手な方はご注意を。ドライ風味です。











ドカリドカリと耳の端で鈍く乾いた音がする。
背中の下にあるものは、毎日通う校舎の中で空に一番近い場所。

『一人に十人以上たぁー、それでもステゴロ気取りかよ』

悪態を吐いてはみるものの、その言葉は一向に音には成らず腹や背、足に響く断続的な痛みは治まらない。
面にも何発かお見舞いされたが、それ以上すると傷が目立ちヤバいと思ったのか、外からは見えにくい箇所ばかりに蹴りが入っていた。

「ぐっ・・・・!」

喧嘩で負ける気は毛頭無い。
だが、こうも人数に差があるとなると両手両足フルに動かしても一向に足りやしない。
鳩尾に野郎の汚い靴底が直撃し、肺が急激に圧迫され息が止まる。

ざらついた熱いコンクリートの上で仰向けになったまま、尚も止むことの無い痛みに半ば思考が飛ばされる。

片目で空を仰ぎ見るとやけに視界が青かった。
こんな時に今日は雲ひとつ無い快晴だなどと、気付くことにも妙に笑える。

すると逆光になった光の先、屋上出入口のコンクリ屋根の上でゆらりと動く影が一つ、ぼんやりと視界の中にちらついた。

自分を蹴りつける野郎共の合間からその影を目を凝らしよく見ると、いつもの見慣れた背格好の栗毛の髪がふわりと風で舞い上がった。

こちらの視線に気付いたのか気付いて無いのか、そいつは制服のズボンのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手には竹刀を握り肩に担いで突っ立っている。

そしてガムをくちゃくちゃと噛み、ぷうと顔の半分が隠れる程に口許で大きく膨らませると、そのピンクの風船がパチンと弾けてくしゃりと破れた。
それを器用に口に戻し、その口はニヤリと嗤って言葉を発した。

「ソイツを殺るのは俺だけだァ!
テメーら全員おっ死になー」

竹刀片手にダイブする幼馴染のその声に『何の殺し文句だ』と苦笑いが込み上げる。

そいつは野郎共の背を踏み台にして、屋上のコンクリートに思い切り良く飛び降りると、間髪入れずに激しく竹刀を振り上げた。

自分より小柄なそいつを片目で追うと、驚く程の素早さで的確に急所を突いては次々に男達を殴り倒していく。
僅かの時間で全ての野郎をあっという間に突っ伏させると、その栗毛は竹刀を肩に担ぎ直しその光景を上から見下ろした。

そして綺麗に整った表情で、愉しそうにフフンと嗤う。

「俺に棒切れ持たせんな」

すると、叩きのめされて足元に転がっていた野郎の一人がううと呻き、そいつの足首を制服の上からむんずと掴んだ。
その栗毛は野郎を黙って見下ろすと、空いていた足を後ろに大きく振り上げてその面を容赦無くガツンと蹴り上げる。

蹴られた男が後ろに仰け反り、コンクリートの上には鮮血がぱたたと飛び散った。
ありゃあ鼻でもやられたなと片目に栗毛を見上げると、御機嫌宜しくニタリと嗤いもう一度その野郎の顔を蹴り上げた。

「気安く触んじゃねーでさ」

―・・・こいつのサガは真性ドSだ。
ルールってもんは端っから無い。


「おらおらテメーら何やってんだー、
良い子のみんなは授業中だー」

不意に屋上の出入口から発せられた間延びした声に、その場に居た者が一斉にその声の主に視線を送る。
そこには白衣を羽織り、足元には室内スリッパを履いて、眼鏡を掛けた銀髪の男が立っていた。

死んだ魚のような目をしたその男は面倒臭そうにこちらを見て、壁にもたれ掛かると白衣のポケットから煙草を取り出しライターで火を点けた。

「そんなに群れ群れしやがって、下級生イビりかー?
ってお前等上級生がボコられてるよーにしか見えねーんだけど・・・。
校舎内で揉め事起こすなー、面倒なんだよ。
オメーら纏めて停学くらいてーのかー?」

倒れ込んでいた男共が、その言葉に舌打ちしながらのろのろと立ち上がる。
手足を引き摺り白衣にスリッパの男を横切ると、皆黙って階下へと消えて行った。


二人の生徒と白衣の男を残し、校舎の屋上に風が吹き抜ける。

壁に背を置き煙草を吸う男の白衣を、その風がふわりとはためかせた。

「何ー?お前ら痴話喧嘩―・・・・
なわけねーか」

「チッ、銀八来るの早えーでさ、
もうちっとばかし遊ばせろィ」

「おうおう、センコーに向かって酷でぇ口利くな。
怖ェ姫さんだこと。
誰だー?仔猫の首輪外したのはー」

ちろりとこちらに視線を向けると、白衣の男は顔を上げてぷはーと紫煙を吐き出した。

「・・・アララ、何だそのザマは、校内一の色男が台無しじゃねーか」

散々蹴られた背や腹は動かすのも億劫な程で、身動きするのも儘ならない。

何が気に喰わないのか度重なる上級生からの呼び出しに、今までは一人で負かしていたのだが。
何時かは多勢でヤられると薄々思ってはいたものの、こうも無様にヤられると何とも言葉も出て来ない。


「アンタ何くたばってやがんで」

コンクリートに仰向けに寝転がる身体の上をひょいと足で跨ぎ、栗毛の幼馴染はこちらを見下ろす。

竹刀を首の後ろで横に担ぎ両手でそれぞれの端を掴むと、ガムをくちゃくちゃと噛んでピンクの風船を膨らませパンと小気味良く弾かせた。

「ぷっ、そのツラ、いー眺め」

幼馴染はさも可笑しそうに吹き出すと、急に腹の上にドカリと全体重を乗せて跨った。

「げっ!・・・テんメ!」

その重みと共に先程蹴られ続けた鈍痛が、四肢の先までじわりと走る。
そして腹の上の生き物は、そのまま綺麗に整った顔を近付けてニヤリと嗤った。

「ねえ、土方さん、」

眼前で呼び掛けられ、もう少しで鼻先が触れると思った瞬間、顔を少し斜めに傾け口移しに食べかけのガムを押し込まれる。

そしてその栗毛は口の端をべろりと舐めると、少し顔を浮かせこちらにぺろりと舌を見せ付けた。
その舌先には、切れた唇から出たらしい自分の紅い血が滲んでいた。

「アンタ、一人で勝てると思ってやした?
俺ァあんな群れとやり合うケンカなんざしませんがね」

「――・・・・オメぇに竹刀持たせっと手ぇつけらんねーな。
叩きのめしといてよく云うぜ」

「助太刀してやったのによく云いいまさ」

「頼んでねー」

強がる返答に可笑しそうにケラケラと嗤うと、その栗毛は俺の顔に着いた血や汗をぺろぺろぺろとまるで猫のように舐め始めた。

時折薄目を開けて色素の薄い髪を小刻みに揺らし、丁寧に舌を這わせては傷口辺りをぺろりぺろりと舐め取っていく。
腫れ上がっているだろう右目蓋に舌先が触れると、ちりりと鋭い痛みが走った。

「猫かテメーは、痛てーんだよ」

「バカ正直に素手でヤり合おうなんて思いやがるから、痛い目みるんでさ」

「・・・・悪りィかよ。
――・・・それより、俺を殺るのはお前だけだって?」

顔の上で這わせていた舌の動きを止まらせ、べーとその舌先を突き出すと、産まれ付きの赤みがかった瞳がこちらを見て悪戯っぽく揺れた。

辛うじて動く左手でそのさらさらとした栗色の髪に触れ、頭をぐいと引き寄せる。
先程押し込まれたガムをぺっと横に吐き出して、その赤い舌ごと口に吸い付くと切れた口内に血の味と生暖かい感触が広がった。
そうして暫く互いの粘膜の感触をくちゃりくちゃりと味わった。


「あー、そこの土方くん沖田くんー。
そっから先もここですんのかー。
俺今休憩中なんだけどー」

その言葉に腹に跨る小悪魔はふいと唇を離して上体を起こすと、肩に担いだ竹刀を手に白衣の男に顔を向けた。
壁に背をもたれ掛け、ポケットに片手を突っ込んで相変わらず気怠そうに煙草をくゆらす銀髪の男。

「銀パチー、
アンタも混じりてーんだろィ?」

悪戯に笑みを含んだ幼馴染のそのコトバに、身体の痛みも忘れてコンクリートに後ろ手を付き、がばっと上体を起こし上げる。

腹の上の小悪魔は反動で少しバランスを崩すと、その拍子に担いでいた竹刀がコンクリートに落ちてカシンと乾いた音を響かせた。

バランスを崩したその腰ごと片手で掴み引き寄せると、自分より少し小さ目のその身体が胸にぺたりと張り付いた。


「―・・・冗談。
その嫉妬深そうなケツの下の餓鬼に恨まれたくないんでねー。
続きは余所でやってくれや」

銀髪男は最後の一息を旨そうに吸い込むと、一気に煙を吐き出した。
そして足元に煙草を投げ捨ててスリッパでぎゅぎゅっと揉み消す。

「あー、ドSな仔猫チャン、ちなみに保健医は今日居ねーそーだから。
まー精々養生しろやー」

白衣を翻しくるりとこちらに背を向けると、パタパタとスリッパの音をさせながら銀髪男は階下へと去っていった。


静かになった屋上で、腹の上に跨るその小振りの顔を仰ぎ見る。

「・・・・だってさ。
土方さん、ヨードチンキならアンタのその顔にぶちまけてやりますぜ」

「・・・顔にぶちまけてどーするよ」


空に一番近い場所でコンクリートの上に二人。
青い空をバックに栗色の髪がさわさわと揺れていた。


「あー、めんどくせ・・・。
此処でいんじゃね?」


痛みが走る身体もお構い無しに、その気の強い仔猫を更に引き寄せ天を仰いでキスをした。






18JUL'10UP


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