□茜空
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ミツバねたです。夕暮れのお話。









夕暮れ刻
茜色に徐々に染まっていく空に、白く棚引いていた雲が影を作り灰色に姿を変え始めていた。
暫く身の回りでは沢山の出来事が目紛るしくあった。
その中心に居た人物は、既にこの世には居ない。
もうふた月程前になるだろうか。


*-*-*-*-*-*


久々の市中見廻り。
本日組んだ相手は昔から生意気なクソ餓鬼。
朝から特に大した案件にぶつかる訳でも無く、決められた順路でその部下にパトカーを走行させた。

昼飯を馴染みの定食屋でかっ喰らい、隊服から煙草を取り出して食後の一服を始める。
目の前で一緒に喰っていたその部下は、厠に行って来ると言い残してから数分、中々戻って来なかった。

暫く煙草を味わってから灰皿に押し付け、厠を覗きに行くとそこは既にもぬけの殻。
サボり癖のある部下は、案の定早々に上司である自分の前から姿を消していた。
店を出て暫く辺りを探してみるが見当たらない。
まかれたことを棚に上げ、苛付きながら立ち止まる。
そして懐からもう一度煙草を取り出し、苦い面のまま火を点けた。

すると道行く人がチラリチラリと何かしらこちらを見ては、何とも言えない表情をして通り過ぎて行く。
女学生なぞはくすくすと明から様に笑うもので、何事かと店の大きな硝子戸に自分の姿を映してみた。
特に何らおかしくも無い自分の成り。
不思議に思い横を向くと、背中に何やら白いものがぺろりと揺れている。
手を回しどうにかその紙をひっ剥がすとそこには、


『おらマヨラ13!
ボッコボコにボコってくだせーナ★』


と妙ーに可愛く締め括られた殴り書きの文字。
こりゃあ、あのクソ餓鬼の字だ。


「あんにゃロー!」


と怒りながら紙をくしゃくしゃに丸め込み捨ててやろうかと思ったが、思い直して隊服に仕舞いパトカーへと戻った。


「見付けたらとっちめてやる」


慣れたものだが、アイツから受ける子供じみた毎度の悪戯。
それは昔から全く変わらない。
身体こそ昔に比べれば随分大きくなったものの、脳味噌は成長しきれていないのか。
そして、
あんなことがあっても変わらないのだ。


「にしても総悟の奴何時付けやがった、
・・・ま、今日のはまだ可愛い方だが・・・」


大抵あの問題児の行き先は把握しているが、今の今でそこに居るかも分からない。
チっ仕方ねーなと、一人午後の見廻りへと戻った。



一日の勤めを果たし、屯所へ戻るべくパトカーを少し遠回りして走らせる。
暫く走ると見慣れた団子屋が目に入った。
お決まりの団子屋でお決まりの巫山戯けたアイマスクを引っ掛けて、店先の長椅子に横たわる部下が見えた。
パ、パァーとクラクションを軽く鳴らすがそいつは一向に起き上がらない。
「全く・・・」と思いハザードランプを点けてドアを開け運転席から降りた。


「おい、総悟」


団子屋はもうすぐ閉まるのか、閉店の準備を始めている様だった。
外に出された長椅子の上で、緋色の毛氈に寝転がる自分より幾分小柄な黒い隊服。
緋い布地に黒の隊服とふわり揺れる亜麻色の髪が、鮮やかに目に映った。
そしてその腰には愛刀の菊一文字。


「おら何してんだ、起きろや」


その巫山戯けたアイマスクを思い切りずり上げると、肝心の部下は漸く気付いたのか顔をしかめて片目だけ目蓋を開けた。


「・・・・あ・・・?土方 さん・・・」


と、少し寝起きの掠れた声で目をしばたたいた。
大きな瞳が赤く充血しており、この店先で幾らか熟睡していたであろうことが伺えた。
そしてその部下が自分を見上げて言う言葉は、


「・・・お迎え遅せーぞ、シツジ土方コノヤロー」

「あ?誰が執事だっ!
お前な、危ねーだろーが!」


隊服着込んで帯刀しておきながら、公衆の面前で熟睡とは・・・。
全く無防備にも程があると怒りの形相で見下ろした。


「・・・おやおや、マヨラ13はおかんむりだ」


と肩を竦める仕種付きで突っ込まれ、昼食後の背中の貼り紙の一件をはたと思い出し握っていた拳を振り上げた。


「てんめぇーなァ!」

「土方さん、帰りやしょーぜ」


ひょいっと総悟は起き上がると、くいっと軽く伸びをしてからスタスタとパトカーの助手席へと向かって行った。
その後ろ姿を見て、はぁ・・・と一気に脱力する肩をどうにか元に戻し、「運転は俺かよ」と思いつつ自分もパトカーへと足を向けた。






「総悟、もうちっと大人になれ」

煙草を吹かしながらパトカーを走行させ、素直に聞く訳が無いと思いつつも、隣に座る部下に苦言を呈する。


「アンタみたいなマヨ馬鹿13に云われたくねーでさ」

「マヨは関係ねーだろが!てかバカはいらねー。
俺はサボるなっつってんだ」

「あーあー煩せーお人だ」


助手席の窓に肘を付き顎を乗せて、総悟はふいと顔を逸らした。

パトカーの中に差し込む夕陽がその横顔を茜色に染める。
西日に当たり更に薄く透けて光る髪。
その姿は、黙っていると今はもう居ない人物を嫌でも彷彿とさせた。

あの事件から立て続けに起こった処理しなければいけない案件のお蔭で、慌ただしく日々は過ぎて行った。
屯所内ではよく顔を合わせ、いつもの悪戯という嫌がらせも受けているのだが、この問題児との落ち着いた時間はこれが初めてだった。

だが結局はコイツのサボりのせいで半日は一緒に居なかった訳なのだが・・・。

暫く静かに車を走らせ、街から少し外れた交差点の赤信号で車は停止した。
夕陽は更に朱を帯びて行き、雲も空をも一色に染め上げていた。


「・・・・アンタ、
墓参り行ってくれやしたそーで・・・」


停車する車内の中、窓の外に視線をやったまま、前触れも無くそう呟く総悟の言葉が耳に響いた。
誰にも伝えていない筈の己の行動を告げられはっとする。


「山崎が云ってました。
非番の日にアンタが武州に足を延ばしてたって。
こんな時期に武州に行く用っていったら、
そこしかねーんじゃねーかって」


「―・・・・そうか」


その予想通りの答えに次の言葉を紡げずにいると、総悟から短く言葉が返ってきた。


「姉上も喜びまさァ」


それは存外に謝意も含んでいて、普段は憎たらしい餓鬼が、極稀に素直になるその横顔を見詰めた。


「・・・・総悟、お前ちゃんと夜眠れてんのか?」


助手席に座る総悟の横顔を見詰めたまま、そんな言葉がするりと自分の口を付いて出ていた。
すると窓の外を見遣っていた総悟がくるりとこちらを振り向き、その緋み掛かった丸く大きな瞳をきょとんとさせる。


「土方さん、
母ちゃんみてーですぜ・・・。
可笑しいや」


総悟はそう答えてハハハと笑った。


「うっるせ!まあ、とにかく以後サボりは厳禁だ!
もう迎えに行ってやらねーぞ」

「あ、やっぱりお迎えに来てくれたんですかィ」


ふと口が滑り、自分の発したクソ餓鬼を甘やかすような発言に内心慌てる。
銜えていた煙草を落としそうになり、慌てて灰皿へと押し付けた。


「馬っ鹿やろ!お迎えじゃねーよ」

「土方サーンあんた何照れてるんで?
顔真っ赤でキモいですぜ」

「アア!?誰が真っ赤だよ、これは夕陽が当たってだな・・・」

「大抵団子屋と団子屋と団子屋にいまさァ。
マヨキモ三号信号青になってんぞ、早く進みやがれ」

「だからそれ誰だよっ!てか全部団子屋ぢゃねーか!」


助手席で西日を背に笑うその顔に、ホッとする自分が居た。
全くどうしてこう素行も口も悪いこの問題児に、自分は甘いのだろうかと内心舌打ちしアクセルを踏み込んだ。


ただ云えることは、この先何があっても、自分もコイツも還る場所は変わらないのだろう。
暮れ行く茜色の空の中、その還るべき在り処へと車を走らせそう思った。





05may'10

 

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