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視界が陽炎のように揺らめく夏の日。
蝉の声がまるで空からわんわんと降ってくるかのようだった。
屯所の道場では、竹刀稽古に励む隊士達の声が、蝉の声に負けじと響いていた。

ここ暫く、世間を騒がせる様な切迫した事件は起きていない。
泣く子も黙ると形容される真選組にも、束の間の休息が訪れているかの様だった。

ラケットを持ち、屯所の廊下を山崎は気分良く歩いていた。
今日は非番だ。
監察任務もここひと月ばかり、大きな山は上がって来ていない。

中庭の木陰でミントンでもするかと、道場前を横切った。
するとドスン!と大きな音を立て、道場の引き戸が外れたかと思うと、目の前に思い切りよく人がごろんと転がり止まった。

足元に目をやると、山崎の足元で隊士が白目を剥いて気を失っていた。

何事かと思い、入り口から中を覗き込むと、むっとする人いきれの中に平隊士達が十数名、皆一様に床に倒れ込んでいた。

中心に佇む人物を見やると、驚いたことに一番隊隊長が、自ら平隊士相手に手合わせをしているようだった。

「お、沖田隊長、もう勘弁してくださいよぉ〜」

「身体がいくつあっても足りねーや、イテテテテ!」

「てめぇら!音ェあげるの早えんじゃねーのかい。
折角稽古付けてやってんだ、立ちやがれィ!」

珍しいこともあるものだ。

面倒な隊務は隙あらばサボろうとするあの沖田が、道場で隊士相手に稽古とは。
しかもここにいる隊士達とは明らかに腕が違い過ぎる。
こんなに激しく稽古を付けることもないだろうにと山崎が呆れ顔で見ていると、当の本人と目が当った。

「ザぁキぃー!」

旨い獲物でも見付けたかのように、自分の名を呼ばれる。

「おっ・・・沖田さん、今日俺非番ですんで、稽古は無しでお願っ・・・ぐげぇっ!」

山崎が必死に抵抗する言葉も空しく、問答無用で一撃を喰らった。

「うぅ〜、イテテテーっ」

全く酷い人だ、と内心悪態をついて竹刀で突かれた痛みに山崎は顔をしかめた。
尻餅を付いたまま見上げれば、全く以って不思議な面持ちをした沖田が、目の前に突っ立っていた。

「チッ、稽古にもなんねーや
あーアッチー」

とバシンと竹刀を山崎の胸元に投げ付けると、沖田はまるでこの場に興味が無くなったように道場からふらりと出て行った。

「・・・・・」


「・・・ハァ〜、沖田隊長が来るなんて聞いてなかったぞ、うー、、イ、イッテぇー」

「大体、隊長が相手に出来る人は限られてるのによぉ・・・イテテテテ」

皆、沖田が道場から出て行き、一様に安堵した様子だった。

「それにしても沖田さん、今日はかなりピリピリしてたな」

「ああ、突かれる瞬間のあの目、俺マジぞっとしたわ」

「あ!、山崎さん、大丈夫ですか?」

「ああ・・・・、大丈夫」

投げ付けられた竹刀を他の隊士に渡し、山崎はミントンのラケットを手に道場をあとにした。
沖田がふと見せた表情が少し気になったが、大方、気に喰わないことでもあるのだろうと判断した。
その矛先がどこに向かっているのか、山崎には何となく透けて見える様な気がした。

「まあ・・・、知ったこっちゃないけどね」


暑い盛りの中庭は、陽炎が立っているかの様に、ジリジリと強い太陽の陽射しを受けていた。




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