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夕暮れに染まる海を、夕凪が包んでいた。

ターミナルがよく見える、少し小高い丘に作られた公園。
綺麗に刈られた芝生の上、見晴らしのよい木陰に寝転がる。
先程まで陽炎で揺らめき立っていた水平線は、夕陽がオレンジ色に反射しきらきらと輝いていた。
その水面を暫くぼんやりと眺める。

周りには年輩の夫婦が散歩をしていたり、幼子を連れた母親が立ち止まって、遠く空に架かる飛行機雲を指差し見上げていた。

今日は非番だ。

特に何をするわけでもないが、沖田はここ二度ほど、非番になると屯所からいくらか離れたこのターミナル付近まで乗り物を使い足を延ばしていた。
携帯プレーヤーにはお決まりの落語が入っていたが、何度となく聴いているその噺もここではあまり聴いていない。
沖田は芝生の上に寝転がりながら、目前に広がる穏やかな景色を臨んでいた。
いつものアイマスクも懐に仕舞われたままだ。

遠く水面にかかる日が消えていく。
夕陽が消えゆくのと同じくして、辺りに居た者たちは皆それぞれの帰路に着くようにその場を離れていった。

西の空に明るい星が一つ二つ顔を出す。
所々灰色がかった雲に最後の日が当たり、夜の訪れを知らせていた。

風が出てきたようで、さわりと前髪がそよぐ。
腰を上げ尻を払う。
まだ暑い日が続いてはいるが心地好い海風に吹かれ、沖田も岐路に着くべく歩き出した。

だがその足は、幾分重く感じられた。


屯所への帰り道、通い慣れた駄菓子屋に寄る。
もう閉店間際で、店の婆さんがレジで売り上げの清算をし始めているようだった。

「あらいらっしゃい、今日は遅い顔見せだね。
みたらしはもう売り切れちまったよ」

「そーかぃ、」

特に食べたい訳でも無かったが、手近にあった煎餅と花林糖を紙袋に詰めてもらい、店をあとにした。

日が沈み、空は次第に群青色へと染まっていく。
日中は屯所内でも蝉の声がわんわんと煩い程なのに、この時刻になると暑さも薄っすら和らいでいく気がした。


屯所に戻ると部屋には寄らず、直接食堂に向かう。
夕飯の時刻は夜勤組の為に早い時間から設けられ、酉の刻辺りが一番混みあっているが丁度その時間帯も過ぎ、食堂にいる隊士達はまばらだった。

沖田は盆を取り、飯と適当におかずを見繕い空いている席につく。
空の湯飲みに茶を注ぎ箸を持つと、

「あれ、沖田さん今から飯ですか。
一緒してもいいですか?」

と隊服を着込んだ山崎が盆に丼を載せ寄って来た。

「おーザキ、お疲れー」

山崎は隣に腰かけると沖田の盆を覗き込み、

「うー今日も暑かったし腹減った〜!
沖田さん今日はフライですか」

と無難なことを云い食べ始めた。
沖田は山崎の丼を見て、暑いくせに熱いうどんと飯かよと内心突っ込み、既に冷めた魚のフライにソースを少しかけかじり付いた。
食堂に置いてあるテレビからはバラエティ番組が流れていて、司会者が笑いをとっている。

「沖田さん今日非番だったんですね。
俺見ましたよ」

山盛りに飯が盛られた茶碗を持ち山崎が云った。

「どこで?」

「ターミナルの近くの波止場です」

「・・・・」

「あ!、あの近くに新しい甘味屋が出来たって聞きましたけど、もしかしてそこですか?」

山崎は多岐に渡り情報通な上、好奇心旺盛だ。
新しい店のことも良く知っていた。
沖田はそんな甘味屋のことはついぞ知らなかったが、

「まーな」

とだけ返事をしておいた。
何となく、非番の日くらい行動をいちいち詮索されたくはなかった。


 
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