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女達の嬌声と三味線の音色が賑やかに部屋に鳴り響く。

白粉をはたき、着物や帯、簪で華やかに着飾った芸妓達が舞い踊り、男共の相手をし酌をする。
この光景はこのひと月ばかり花街へ連日赴いている為見飽きていた。
鼻の下を伸ばした官吏共や、花街の趣向に興味を持つ天人。
警察庁長官の命の下、連日この馬鹿騒ぎに付き合ってはいるが、これは体のいい護衛に他ならないと土方は思っていた。


季節も夏に変わる頃、幕府の組織が動いた。
高官が関わる汚職により上層部数名が罷免され、組織の大幅な変革があった。
その直後、近藤と土方は松平に呼ばれ登庁した。

「テメーらは問題行動が多すぎるからにしてェ。
苦情抑え付けるのにこれまた相当骨折ってるんだよ。
世論の一つで吹っ飛ぶよーなチンピラ警察だがよ、これでもテメーらのことは気に掛けてやってるわけよ。
というわけでだな、まあこれからひと月ばかしオジサンの云うこと聞けや」

組織が変わると、均衡を保っていたそれぞれの派閥が動き出す。

互いの権力の牽制や隙あらば吸収にと、表向きは会合と称した宴席がどこそこで毎夜暗に設けられていた。
命を下した松平もご他聞に漏れず、いくつかある幕府内の派閥を相手に水面下で牽制しあっているようだった。

花街の料亭に連日芸者を揚げ、財力のある者や発言力の強い者などが入れ替わり立ち替わり訪れる。
その中には幕府の高官だけでなく、民間財閥の要人や天人なども見受けられた。

近藤と土方は毎度下座に腰を据え、高官や天人共の酒宴に付き合わされた。
そんな金がどこにあったのかと不思議な程その宴は連日続いたが、それなりの地位にある松平の威を後ろ盾に欲しがる物好きな輩も居るのだろう。
かく云う真選組も、その権威の下存在しているのも事実である。

一体裏で政治上のどんな駆け引きが行われているのか、土方には判りもしなかった。
当の松平は連日陽気に酒を飲み、芸者達と遊興しているだけの様に見え、近藤は近藤でそれにつられてか陽気に酒を飲んでは場を賑わせていた。
そして宴席に同行させられる近藤と土方は、要人達の体のいい護衛のようなものだった。

真選組副長としての手前、土方は気に喰わない面の高官や要人、天人にも要求されれば酌をした。
花街へは近藤と共に隊服を着込んで行く為、権力や金にしか目が無いような輩達でも、そのなりを見て真選組の話が飛び出してくる。
大抵は酔っ払いながら、

「君たちは警察機構としてはまあまあ有能だが、
如何せんやり方が物騒だ」

と非難めいたことを云われるのがオチだった。


そしてしばしば、ある隊士の話が飛び出てくる。

今夜も齢還暦を過ぎたであろう幕府高官の口から、その隊士の話が飛び出した。
その高官は芸妓の歌舞を一緒に踊り愉しんだ後、脂ぎった腹をさすりながら土方の隣にどさりと腰を下ろした。
そして酒臭い息を吐きながら赤ら顔で話し掛けて来た。

「君はー、真選組の副長とかいったか」

「ええ・・・・」

「名は」

「土方十四郎」

座布団の上に胡坐をかき、腕組みをして座る土方の度量を値踏みするように上から下までじろりと一瞥し、高官はフンと鼻をならした。

「威勢のいいことだ」

土方は、『こういう目付きをする奴にろくな奴はいねぇ』と内心毒づいた。

「たまにテレビで放映される君のとこの番組。
儂も見させてもらったが、
あれは酷い。
一般市民から大層苦情が出ておるそうじゃないか」

それだけ云うと高官は目の前にあった膳から猪口を取り、土方の方へと傾けた。
土方は自分の膳にある徳利を掴み、その猪口に酒を注いでやった。

接待といっても酌をするなぞいくらやっても慣れるものではない。
だが真選組という名で来ている以上、そして松平の手前もあり、客人に無礼の無い様にと努めてはいた。
その高官は注いでやった酒をくいっと喉に流し込み、言葉を続けた。

「公共物も相当壊しておるようだし、民間人に怪我でもあったらただでは済まんぞ。
長年の付き合いがある松平の頼みでも、場合によってはきいてやれん時もある」

高官らしく横柄な態度を隠しもせず、再度土方へと猪口を傾ける。
土方は空になった猪口に黙って酌をした。


「ところで・・・・、
真選組の、あの少年。
あの隊士は何という名だったかね」

『・・・・少年?』

ふいに高官の口から似付かわしくない単語が出、土方は戸惑った。
そう云われ隊内で思い起せる名は唯一つ。
公共物や建物への破壊行動が多々目立つ部下の名だった。

 

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