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ぼんぼりから柔らかく漏れる灯りが通りを連なり、一帯を橙色に包んでいる。
日中はまだ大層暑いのに、この時刻にもなると肌に丁度良い具合の風が出ていた。

視界には張見世から顔を覗かせる遊女達と、その遊女を品定めする遊客達。
空は既に日を落としていて墨色に覆い尽くされた筈なのに、この花街では一向に夜の帳は下ろされない。
界隈は一様に俗世を忘れ、束の間の遊興に浮かれていた。

格子の間から見える遊女達は、皆綺麗に着飾り一様に華やかだ。
緋色の毛氈に腰を下ろして脇息にもたれ掛かり、煙管からくゆりと煙を吐き出す。

手近にある煙草盆の灰吹きにトントンと灰を落とし、ちらりと往来の男共に視線を遣る。
どんな少しの所作も、全てがあだっぽく艶やかだ。

甘い声音で誘う女も、往来をふらふらと行き来する男も、どちらもが互いに値踏みするかのように窺い物色し合っていた。


「・・・・売るのも買うのもえれぇこって」

沖田はそう呟くと着物の袖口に通した腕を組みながら、その張見世通りを歩いていた。
隣には監察の山崎がいつもの如く地味な面をし、肩を並べて歩いている。

「ザキィー、お前もここで金落としたりすんの?」

沖田は華やかに女で飾られたその商品棚のような通りを眺めた。

「・・・沖田さん・・・・・。
その質問止めてほしいなぁ・・・、一応今任務中なんですけど・・・・」

「・・・・・。
ジミーの癖に口答えしやがって」

沖田は立ち止まると、山崎の尻に軽く蹴りを入れた。
少し前のめりになった山崎は尻をさすりながら、沖田に向かってじとっと咎める様な顔付きを見せ、小声で小言を云った。

「沖田さんっ、!
任務中ですよっ、目立つ行動は謹んで下さい、副長もすぐ近くに居るんですからねっ、怒られますよ」



今宵、沖田達はこの花街へ捕物に来ていた。

真選組がいくらか前から目星を付けていたその対象の人物は、過激攘夷浪士に金銭の工面を行う商人との間でパイプ役の様な事をしているという。

監察方がそのホシをずっと張っていたようだが、露出が極度に少なくアジトも転々と変えていた。
その為黒い噂が絶えずある人物であったが、捕縛への決め手に欠けていた。

だが監察方の功により黒である確証が得られると、即座に捕物の手筈が整えられた。
そしてその人物が潜伏しているというこの花街に、急遽足を運ぶこととなったのである。


相手は一人。
その人物が刀を使用した際の剣の腕前が不明なことや、飛び道具の所持も配慮して、一番隊から沖田の他に二名、監察からは山崎、そして直接指示を出す副長の土方がこの花街に繰り出していた。

この程度の捕物に副長が自ら出向くのは珍しいのだが、以前から真選組が何かと世話になっている花街である。
物騒に事を起こすのは極力控えるように、との上から(松平→近藤→)の強いお達しもあり、今回の捕物は少数精鋭の上、組の名を出して花街に乗り込む事も控えることになった。


沖田が花街に来るのは初めてでは無い。
以前に一度、捕物で訪れた事がある。
その際は隊服に身を包んでいた。

かなりの大人数での捕物に、花街の遊女や男衆達は総じてあからさまに嫌な顔をした。
春の夢を見させるこの街に血飛沫を浴びせ掛けるなど、なんたる無粋な輩であるかと嘲笑された事も記憶に新しい。

そんな具合で、沖田と山崎は腰には侍の魂を帯びさせてはいるものの、いつもの隊服には袖を通さず着物と袴を着用していた。

そして沖田は前方を少し離れて歩く男に目を遣った。
見慣れた黒の着流しを着、腰には刀を差して帯から煙管を垂らせ腕を組みのそりと歩く。

目的の人物が居るという廓まで沖田達はそれぞれ三つに分かれ、張見世を眺め女を物色する客に紛れて通常より少しゆっくりと歩を進めていた。

通りは男達が行き交い、格子の中からは女達の甘い誘引が響いている。


「・・・此処で大きい騒ぎ起こさねーよーに、アイツは俺達の見張り役ってわけかい」

「そうです、無駄に騒ぎを大きくしないように・・・って沖田さんっっ!!
副長に聞こえますよっ、あの人地獄耳ですから・・・・」

「聞こえるわけねーだろィ、一応離れて歩いてんだ。
何でィ、アイツ腰に煙管なんか垂らしやがって」


つい最近迄あの男は接待の為、近藤さんとこの花街に散々通っていた筈だ。
そしてその合い間にここで欲も落としたに違いない。

沖田はそんな事を考えながら、ふと先日その男にされた妙な事柄を思い出し、表情を険しくさせた。


あれから半月程経ったが、結局沖田はその事柄に触れぬままでいた。
触れぬままというか、当の男とは隊務も重なること無く来ていた為、必要最低限のこと以外言葉を交わしていなかった。
今回久々に同じ任務を遂行することになる。

土方にしても態度は以前と何も変わらずであった。
その為沖田は、
『あれは極度の疲労と酔いが残った男が取った気の迷い、或いは嫌がらせか仕返しのつもりであったのだろう』
と判断することにした。

ただ、今は任務に集中すべきである。

その男の後ろ姿を眺め、沖田は知らず小さく溜息を漏らしていた。

すると見世の格子先から白く細い腕がぬっと伸びたかと思うと、煙管の口がその男、土方に差し出された。



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