□要らないコトバ
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※沖田モノローグでえろ最中のお話。案の定暗いです。











そのコトバは要らない。

頭の片隅で危険信号が何度も点滅している。
青、青、黄、赤、黄、赤、赤、赤赤赤・・・・・
これは一体何なんだ、もう一面赤しか見えなくて。
ストップ、ストップ。
これ以上先に行くのは危険らしい。

衣擦れの音。
アンタの吐息、俺の吐息。
男が二人で褥を乱して。
そしてまた繰り返されるそのコトバ。

「   」

こんなにも近くに居るのに、知らない国の言語みたいにそのコトバは耳に響くただの音の羅列で。
幾度となく聴いたその音の欠片は、まるで何かの呪文のよう。
そのコトバだけは一向にこの身体に咀嚼されず。
音だけが宙にぽかりと浮かんでは漂って、そして消えていく。

可笑しい程にアンタは真面目腐った面をして、そっと俺の両頬を包むと再び同じコトバを静かに吐いた。
アンタ知ってんの?
その響きに俺は耳を塞いでしまいたくなるってこと。
この吐息を乱す行為にその呪文が必要なのか、お決まりの仕草とお決まりの台詞。
そうしてその後決まって苦しげに、微かに歪むその表情。

いつものアンタは何処いった。
嗚呼チクショ、そんなだからこんな時の俺はいつもSスイッチが途切れ途切れで。
そういうものにウンザリもして、俺は両手で頬を包まれたまま間近にアンタを見詰め返したのに。
嫌違う、これは己の問題で―。

藍掛かったキツく流れる切長の目に映る自分。
男らしく綺麗に整ったその顔に、成人した男の色気とやらを容易く感じた。
そうして首元に胸にとゆっくり吐息が掛かっていく。
自分より逞しい肉体も、耳許で低く響くその声も。
この身体を開かせるその節くれ立った長い指も。
穢いと思ったことは一度も無い。

だけどそのコトバだけは、この鼓膜に幾度も幾度も響いているのに。
最奥まではどうやっても達してくれず。

受け取って良いもの
いけないもの

形には決して現せない感情に、そんなものがあるとしたら。


「土方さん、それ・・・・、
止めてくんねーですかい」

胸元に顔を埋め唇を這わせる男に聞こえるよう、火照りの見え始めた空気の切れ間から乾いた声を部屋に響かせる。
互いに絡み合う最中に伝えるべき事柄で無いことは承知だが、そんな呪文を聴かされながらのこの行為。
いい加減耐えられない。


「嫌、なのかよ」

「ハハ、嫌なのかって・・・・
だってそれは・・・・」

埋めていた顔を正面にこちらに向けると、俺にだけ判る、そのいつもはキツい瞳が思いがけず微かに頼りなく揺れた。
きっと自分しか見たことが無いであろうそんな表情を見せられて。
俺はまるで唖の様に次の言葉を紡げずに、ただ沈黙だけが部屋を覆う。


「・・・・総悟・・・」

少し掠れて出たアンタの声音に何故だが俺は観念し、静かに目蓋を伏せて視覚からその元凶をフェードアウト。
本当は思考も同じくしたいのだけど。


「・・・・嫌、か・・・?」

そんな陳腐な問い掛けにでさえどう答えるべきかを逡巡し、暫くしてから漸く僅かに首を横に振ってやる。
思った通り、ほぅと小さくアンタの口から吐息が漏れるのが聞こえてしまって。
その安堵を含んだ溜息に嬉しくもなり哀しくもなった。


コトバが足りない?
コトバは要らない?
そんなものは唯のツールの筈なのに。


忘れたわけではない。
あの美しい人のすべらかな優しい手が、この頬からするりと落ちて。
切り裂かれるような涙が流れたこと。
怒りと憎しみで膨れ上がっていたアンタへの感情も一気に溢れ出て、流れ出て。
漸くケリがついたと思ったらこのザマだ。


あの人が逝ってからそう日も経たないある日の晩、可笑しなことにアンタは俺を抱いていた。
何故なのか、押し退ける事も拒絶する事もせずに俺は唯横たわって。
その行為を懸命に受け容れた。

それから幾度か呼吸を這い合わせ、この身体を重ね合わせて解った事といえば。
足が竦むほどの感情の波に翻弄されてしまいそうになる、自分自身の不甲斐無さ。
今までこの波を、どうやって上手く扱っていたのかさえ思い出せなくなるほどに。


ああそのコトバは・・・・


全くアンタときたら趣味が悪ィ。
そんな茶番に付き合う自分も同じく、他人が見たらさぞ滑稽なことだろう。
俺を自慢だと云ってくれたあの人へ、最早餞の言葉もありはしない。

そしてはたと気付くのは、血の流れに沿ってそのコトバが咀嚼されずも心の臓にだけは行き着いて。
ぷすりと赤みを帯びて突き刺さる。
痛みと憎しみと、哀しみと可笑しみと、あらゆるものが混ざり合い。
磔台に晒された剥き出しの自分というものは、この目の前の生き物によって。
全てを埋め尽くされていた。


「・・・・総悟」

呟くような小さな声で、アンタにこの名を呼ばれる。
目蓋を起こし、ゆうらりと紗が掛かったように見える世界で。
他の誰にも見せたことの無いような、その酷く優しい眼差しをもう一度見詰め返すと。
困ったような安心したような表情を返された。


「・・・・やっぱりアンタ・・・、
死んぢまえ」

また目を閉じるとそっと唇を塞がれて。
そんな些細なことにでも少なからず安堵を覚えてしまうこの俺も、最早行き着く先は無間の奈落。
ただそのコトバだけはもう要らないから。


嗚呼きっと



俺はこの名を呼ばれるだけで。









20100923
リハビリ文。


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