memo

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片端綴り1の続きです。









ある一つの場所へと向かい、
立ち止まったとしても回り道をしたとしても、誰もが前へ前へと進まざるをえないその道の途中で。
いくらか飛び出すことが必要な時が、誰にでも必ずあるように。

総悟のその手を引き寄せた時がそれだった。



恋だとか愛だとかそんなものとはとうに掛け離れた毎日に、ぼんやりながらもひとつ浮かぶのは執着の二文字。
どんなに攻め立てても逃げもしないソイツを、たまに無性に壊してしまいたくなる自分自身の思考回路に今更ながら驚愕する。

一体いつからそんなことを思うようになってしまったのか。
容易く手の内に入ったというのに、いや、向こうから飛び込んで来たと云うべきか。
なのに何も掴めてなどいない焦燥を確かに感じてしまうのだ。
そもそも焦燥すること自体、それこそおかしな感情なのだが。

実際それ以外の言葉が何も浮かんでこないでいた。


「あ、あぅ・・・・いや、だ、ひじかっ・・・・」


誘ったのはコイツで、それに応じたのは俺で。
それまで同性を相手にしたことなど無論一度も無かった。

総悟が自分に抱かれたいと告げた時は、いつものタチの悪い嫌がらせだろうと訝しんだが。
顔色一つ変えずにそんな言葉を淡々と告げて、自室で部下を前にし固まっている上司を見下ろしたまま。
するすると自分の着物の腰紐を解き足元に落とすと下着もさっさと脱ぎ捨てて、真っ裸になって今度はこう云った。


『アンタは俺を抱ける筈だ』


何がどうしてどんな確証があってそんなことを吐くのか、全く解らなかったのだが。
昔から男にしては白い肌も薄い色素の髪も目も、そして綺麗に整った顔の創りも、それは見慣れたもので。

だからと云って同性に、ましてや昔からの顔馴染み、日々真面目に怒れる程の悪戯を平気でするソイツに欲情などするわけも無く。
馬鹿だ馬鹿だと常々思っていた総悟がとうとう真のキ印になっちまったと心中嘆くと同時、もっと驚いたのは自分自身に、だった。

それはもう狼狽に近いと云ってもいい。
まさか長年顔を付き合わせてきた糞餓鬼に、こんな仕打ちを受けるとは。
仕打ち・・・・・。
確かにこれは仕打ち以外の何ものでもない。


『土方さん・・・・、何それ。
・・・・こりゃぁマジ笑える。
アンタ、勃ってやすぜ』


いやこれは相当な仕打ちだろう。
何故なら俺は総悟のハダカを前に自分でも気付かないまま勃起していた。

一瞬思考がショートしたかと思うと、羞恥とか平常心とか、そういうものを足元から掻っ攫っていくようなぐらぐらと激しい眩暈に襲われる。
途端、目の前に突っ立っていたソイツの手を力任せに引き寄せてしまっていた。

畳の上前のめりに膝を付いて、無理矢理引き寄せられたソイツは、驚いたような何とも云えない面をして間近にこちらを見詰めると。
自分から誘っておきながら、まるで何かを諦めたかの如く薄く笑ったように感じた。

男にしては白い肌も、薄い色素の髪も目も。
そして綺麗に整った顔の創りも。
それはもう、ずっとずっと遠い遠い記憶の片隅から見慣れていた筈のもので・・・・。

視覚はとても明瞭なのに断片的な思考回路の渦の中、途切れ途切れ無意識にそれらが四肢に指示を出しては。
どこにスイッチが入るのか、雄という同じ生き物を性の対象として捉えると、あとはもうすることは同じで。





――・・・・あれは、
遠く淡い想いを馳せた女が逝ってからのこと。

葬儀の際もう皆の前で涙を見せることもなく、唯ただ棺の中眠る彼女に向け最期に静かに微笑んだ彼を見た時に。
自分の中で初めてぼんやりと浮かんだ感情が一つあった。

それは一瞬だけ見た総悟の表情なのに、瞼の裏に今でもはっきりと焼き付いている。

その感情を持ったのは、その時一度だけだ。

本当の総悟はもしかしたらその時にしか見ていないのかもしれないと、そんなことまでをも思ったことをよく憶えている。

棺の中、永遠の眠りについた姉に静かに穏やかに微笑みかけた彼を見て。
どうしようもなく哀しくて、そして痛みを感じるほどに、綺麗だと思った。






「あ、あぅ・・・・いや、だ、ひじかっ・・・・」

身体の下苦しそうに息継ぎをする部下を見詰めては、そんな過ぎ去った出来事に想いを巡らせるこの頭の中の思考。

たまに善がって泣く癖に、相変わらずその態度は変わらないままでいた。

コイツが一体何を考えてこの行為を続けているのかも、結局は何も解らないままなのだ。
そして一番解らないのは、無言の誘いに引き寄せることで応じ続ける自分自身への不可解さでもあった。


『アンタも行けって云うのなら、
俺は行きやすぜ。
花街に。』



不恰好で見苦しい形をしたものに蓋をするかのように、俺はその思考回路を無理矢理停止させた。








20101113up
久々すぎる続きです。

て、続き書いてみた→3


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